今年は選挙でした

[ 2021年12月29日(水) ]

昨年12月から選挙運動で街頭に立ち始めましたが、誰も褒めてくれる訳でもなく、意地で続けたと言うか、止めるに止めれなくなったというのが本当のところです。若き市長候補も一緒に挨拶運動をしたのですが、残念な結果となりました。

コロナ禍での選挙でしたので、正に手探りという感じで運動を展開しました。運動を展開と書きましたが、本当は展開できず、全く盛り上がりに欠けたものとなりました。「地域政党きずな庄原」を立ち上げましたが、予想に反して逆風に作用してしまい、誹謗中傷に悩まされました。打たれ強い私ではありますが、心が折れそうになったのも事実です。

庄原市議会は多くの新人を迎えることとなりましたが、相変わらず選挙前から多数派工作をしていた一部の議員たちによって私たち「地域政党きずな庄原議員団」は最大会派でありながら、何の影響力もない存在となりました。しかし、私たちが主張していたことは正論であることは多くの支援者は理解していますし、歴史が証明してくれると信じています。

今年も残り僅かとなりましたが、選挙の1年でした。衆議院選挙では佐藤公治さんが当選されましたので、東京の前線基地が確保できたことは、政治活動が有利に展開できます。今年後半は、自転車部として活動しましたが、e-bikeの無限の可能性を感じることとなりました。メンバーも集まってきましたので、2022年は飛躍の年としたいと思います。

議会としては議長諮問の議員定数と議員報酬の議論が始まっていますが、市民の意見を伺うことも当然ですが、若手議員が中心となって議論を展開して欲しいと個人的には考えています。何故なら、次回の改選時には相当な議員の入替が予想されますので、残り3年間で議論し行動する議員になる必要があるからです。今年は選挙が終わって何となく議員だったと思いますが、いつまでも仲良し議会では困りますからね。市民に約束したことは実行しましょう!

葬式でした

[ 2021年12月28日(火) ]

友人で三次市議会議員をしている宍戸君のお父さんが亡くなられ、今日は葬式でした。普段であれば多くの皆さんのお見送りがあったのでしょうが、コロナ禍ということでこじんまりとした葬式でした。

兎に角、良く働かれたお父さんだったみたいです。楽しみは仕事の後の日本酒による晩酌だったとか。宍戸君の会葬者へのお礼の挨拶が良かったですね。農業、牛飼い、炭焼き、土木作業員とひとり何役もこなし、私たち家族を養ってくれましたが、亡くなって初めて感謝の言葉を言っている自分がいますと。

今日の葬式には前の三次市長も参列されていましたので久しぶりに意見交換させていただきました。今は広大大学院で学んでおられるそうで、卒論の準備をしているとおっしゃっていました。生涯現役という雰囲気を感じましたので、行政のアドバイザー的なことをされてはどうですかと向けたのですが、若い人たちの時代ですときっぱりと言われました。

式が終わって帰る時、同級生に、「あんたも服が合わんようになっとるのう」と言うと、「あんたも成長しょうるんか」と切り返されました。同窓会もコロナ禍で開催できませんので、同級生に合うのは葬式ぐらいとなってしまいました。年末年始もオミクロン株に振り回されるのでしょうが、穏やかな日常に戻ることを祈るばかりです。

大丈夫でした

[ 2021年12月27日(月) ]

CT検査の結果は、肝血管腫ということになりました。実は、2011年にCTを撮っていたのですが、その時には1㎝程度の血管腫が肝臓の同じ場所に映っていました。10年で3㎝程度に大きくなっていましたが、癌ではないとのことで安心しました。

主治医の先生は私に、「癌だと思ったから年内にCTを撮った」と正直に言ってくれましたが、本気で癌を疑っておられたみたいです。ところが、冒頭にも書いた様に、私は記憶になかったのですが、2011年にCT撮影をしていたことで、先生はあれこれ悩まずに済んだみたいです。放射線科の先生ともこれから再度、検証作業をすると言われていましたが、覆らないと思います。

これから肝血管腫がどうなるかですが、出来るのも原因不明みたいですので、仲良くするしかないみたいです。もっと大きくなって危険と判断されると、切除だそうです。危険とは、外的要因(交通事故等)で破裂した時とかだそうです。兵庫県医師会のHPに簡単な解説がありましたのでクリックして読んでみて下さい。

ということで、禁酒もする必要はなく、今まで通りの私でやらせていただきます。奥さんは再検査と聞いて、「悪いに違いない」と勝手に想像していた様ですが、期待を完全に裏切りました。ただ、若くはならない訳ですから定期的な検査を受ける必要があることが分かりました。検査していないと比較検討するものが無いですからね。

嬉しいお電話がありました

[ 2021年12月23日(木) ]

あいにく私は外出中だったのですが、家内が神戸にお住いの方からのお電話を受けました。内容は、「『かんぽの郷庄原』には年に2回ほど宿泊していますが、今後の運営はどうなるのでしょうか」というものだったようです。

その方は私のブログの読者さんだそうですが、私の拙い文章が誤解を与えた様です。「これまでの会社が運営されるのですか」と聞かれたので、家内は「そうだと思います」と答えたそうです。奥さんが広島出身だそうで、帰省の度にかんぽの郷庄原の美味しい料理を楽しみにされていたそうですので、私のブログを読んでは、存続できるのだろうかと心配だったみたいです。

以前、北海道の新聞記者からブログの件で聞きたいと言う電話を受けたことはありあすが、一般市民さんからお電話をいただいたのは確か初めてだと思います。私は特定の人たちを対象にブログを書いている訳ではありませんが、恐らく、国内のあちこちにお住いの皆さんが私のブログを拾い読みされているのだと感じました。

旧庄原市内在住の多くの皆さんから、「かんぽが残って良かった」というご意見をいただいています。皆さん、かんぽの郷庄原は自分たちの財産だと思っておられるのです。「近頃は足が遠のいていたが、また風呂に入りに行きます」とか、「建物の周りの草刈などの手入れの手伝いをさせてもらいます」など、多くの応援団が出番を待っています。

サンヒルズ庄原の皆さん、休館中にできることは何か考えてみて下さい。それぞれが出来ることを考えてみて下さい。

映像の力は凄い!

[ 2021年12月21日(火) ]

昨日のブログに議会最終日のYouTube録画を貼り付けているのですが、ヒット数がグングン伸びでいます。先程見たら、102ヒットとなっていました。最初から最後まで観る人は少ないと思いますが、興味のある場面は何度でも観れるから便利ですね。

ついつい私は興奮してブログを書く癖がありますので、昨日も指定管理をどこが受けることになったのか、名称を書くのを忘れていました。受託会社は、株式会社サンヒルズ庄原です。つまり、これまで「かんぽの郷庄原」を運営してきた会社ということです。私はこの会社以外に運営を任せる会社はないと譲渡話が出た時から言い続けています。だから、誤解を受けたのでしょう。

ここまで迷走したかんぽの譲渡話ですが、私は初期対応のまずさに原因があったと思っています。「運営会社を代えるべき」という一部の意見が独り歩きしたことです。おかげで、雰囲気は悪くなる一方ですし、コロナが追い打ちをかけてくれました。私は企画建設常任委員会の委員長として火消しに躍起でしたが、執行機関の発言はなく、イライラの連続でした。

どうしてサンヒルズ庄原なのかですが、やはり、20年の運営実績です。会社経営というのは順風満帆な時は殆どなく、苦難の連続と言っても過言ではありません。これから「桜花の郷 ラ・フォーレ庄原」となりますが、最初は名前だけの変化かもしれませんが、徐々に経営戦略も明確になっていくことでしょう。

私が経営する訳ではありませんが、暫くはあれこれいじらないことです。この時期こそ、庄原市民が支えるべきと考えます。日帰り入浴を楽しみましょう。サウナもミスト式からドライに変わります。鍵のかからなかったロッカーも新調されます。先ずは、肝心の入浴場をリフレッシュ工事します。勿論、宿泊もお願いします。