― はやし高正が日々の気になる出来事に関することを書いています
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急遽、荷造り[ 2010年10月19日(火) ]
ご近所で不幸がありました。中国行きの準備を前倒しでしなければならなくなりました。いつも直前に荷造りしていたのですが、明日が葬儀ですので慌てています。スポンジとタワシは庄原から持って行きますので、トランクの半分は掃除道具となります。
スポンジは圧縮袋に入れて丸めるとかなり小さくなりますが、タワシはそういうことになりません。今回はちゃんとしたホテルのようですから、スポンジやタワシを廊下に干すことができないでしょうから、濡れたものを持ち帰ることになります。そこで、スポンジは傷んだものを優先して荷造りしました。つまり、北京に残して帰ることにし、その空いたスペースは、お土産スペースとなります。
実は、北京で月餅を買う予定です。空港の売店などで売っている月餅は小さくて高いのですが、地元スーパーで売っている月餅は大きくて、とても美味しいのです。日本では月餅のことを、大饅頭というみたいですね。今回は娘のハルカが実家に泊まりますから、買ってきて貰うつもりです。以前も、ハルカのお母さんが買ってきてくれました。
北京の日中の気温は庄原より5度程度低いようなので、フリースも必要となります。しかし大陸ですから、寒さが違いますので日本のものとは別な感じです。便所掃除の時は、半ズボンに裸足となりますが、大丈夫です。掃除の後は、学生食堂で参加した学生たちと昼食をとりながら交流会を行ないます。そして、夜はホテルでのお別れ会となります。その時に、ちょっとしたお土産を差し上げます。
下痢止めや風邪薬、湿布、座薬、絆創膏なども持って行きます。昆布茶、スティックコーヒー、のど飴、酒のつまみも持参です。ビデオカメラにデジカメも持って行きますから、結構な荷物になります。さあ、最後のパッキングを始めましょう。
心配の声[ 2010年10月18日(月) ]
21日から北京に3泊4日で出掛けるのですが、「大丈夫」とか「行かん方がええよ」とか、心配の声が寄せられています。私たちは日本に住んでいる中国人と一緒に北京に行き、現地の中国人と合流して行動します。もう10年から続いている交流ですから、何ら心配するものではありません。
北京の中日友好学院で日本語を勉強していた学生が広島に留学してくる際に、身元引受人をされていた私の師匠のご縁から、「中国(北京)掃除に学ぶ会」が出来たのです。年に1回ではありますが、中国国内で 「掃除に学ぶ会」を行なってきました。会場は、留学生の出身地の大学と中日友好学院のトイレです。ですから留学生たちと、中国各地に行くこともできました。
SARSで中止となった年もありましたが、支援物資を送って激励し、翌年からは復活しました。正直、費用は少し高めです。それは、留学生たちの旅費を我々が負担するからです。しかし、2人に1人の通訳がつくと考えれば安いものです。現地の人たちが行くレストランで食事をし、現地の人が買い物をするお店で買い物をします。日本人が行かない(行けない)ナイトスポットにも行きました。
今回は、娘のハルカも大阪から広島に来て一緒に北京に行きます。今から9年前の掃除に学ぶ会で出会い、日本に留学(京都産業大学3年編入)して来ました。今では日本に追っかけてきた恋人と結婚して大阪で暮らしています。広島からも結婚して広島で暮らしている中国人が一緒に行きます。北京には、広島に留学していた人たちが迎えに来てくれます。みんな、10年来の仲間です。
何を好んで10年も続けて便所掃除に行くのかと人は言いますが、自分たちの子供が成長する姿を確かめたいということかも知れません。ですから、何も心配することはありません。
お寺の研修でした[ 2010年10月17日(日) ]
金曜日から土曜日にかけて、実はお寺の研修旅行だったのです。都市部の研修なんて、でたらめを書いていましたが、菩提寺の本山である「仁和寺」参拝が大きな目的だったのです。
金曜日の早朝に出発したバスは一路、高野山を目指しひた走ります。総勢40名の参加者ですが、その殆どは顔見知りの方々で、和やかな雰囲気の旅行の始まりでした。これまでこういった企画は無かったのですが、住職が定年退職されたのを期に本格的に仏門入りされることを決意されたことから実現できた旅行です。正確な説明ができませんが、頭も剃られて名前がついたみたいです。
高野山は初めてだったのですが、30万基の墓はそれは凄かったです。宗派を超えた場所だということが納得できました。つい近年見つかった、織田信長のお墓も見ることができました。最大のお墓は、豊臣秀吉のものでした。全国から多くの観光客?が訪れておられましたが、どういった目的なのかは不明です。四国88箇所巡りの最後の仕上げが高野山参りだそうです。
そして、昨日の午前中は、宇治の平等院に行きました。そして、目的地の「仁和寺」へと移動しました。歴史的なことの説明は省きますが、真言宗の総本山である仁和寺には、全国の真言宗派のお寺さんがお参りに来られています。お寺での団体参拝だったので、私たちは国宝の金堂の中に入らせていただき、楽しい法話を聞くことができました。これは、所謂、特別待遇でしたね。
普段は話すことがない人たちばかりでしたが、移動のバスの中で十分にコミュニュケーションが取れたように思います。これからは、定期的にこのような企画がされるそうですので、期待するところです。最後に、今回一番感じたことを書かせていただきますと、「権力」ということです。誇示するという権力ですね。言行不一致かな。
明日のブログについて[ 2010年10月14日(木) ]
明日から奈良に一泊二日の研修に行ってきます。今回、i-Padを持っていきますが、何故かブログの更新ができません。しかし、コメントはつけることができますので、このブログにコメントをつけることでブログにしたいと考えます。見る方法は、画面右側に並んでいるバナーの最近のコメント欄のはやし高正よりをクリックするとご覧になれます。
素晴らしい大会でした[ 2010年10月14日(木) ]
神石高原町で開催された 「地域サポート人(じん)ネットワーク シンポジウム西日本大会」は、本当に素晴らしい大会でした。北は新潟から南は宮崎まで20都府県のNPO法人、自治体の関係者ら計200人が参加されていました。
日本で最初に地域支援員制度を採用した神石高原町で開催すること自体に意義があったのではと私は考えます。昨日のシンポジウムでの基調講演は、環境考古学の安田先生だったのですが、森から発生する高周波が皮膚を通して人間を元気にするというお話しには納得しました。都会の高齢者と田舎の高齢者ではまるで元気度が違うそうです。
そして、田舎の高齢者は頼りにされている存在なので、ボケないともおっしゃいました。そして極め付きは、牛を野山に放牧するとイノシシや熊が人里に近づかなくなるという説です。動物には動物を向けるのが一番と言われました。一緒に行ったF議員は、「イノシシが牛小屋で牛と一緒に餌を食っている」と言われたので、怪しい説かもしれません。
そして、今日は6つの分科会に分かれてそれぞれのテーマで話題提供者が発表されました。私は、「地域をちゃんと売り出す『商品学』」の分科会に参加して、島根県海士町産業創出課長の森本幸雄さんと、新見市かのさと体験観光協会事務局長の仲田芳人さんのお話しを聞かせていただきました。第二の夕張目前だった海士町が再生した(している)お話しは、迫力がありました。
給与カットしたら、やる気はアップしたと言われましたが、正に、株式会社海士町に生まれ変わったのです。かのさとは、年間33の地元企画を実施して、岡山や倉敷から人を呼び込んで、連結決算(全体)で収益を上げている例にも感服しました。要は、やる気・元気・根気だと確信しました。そうそう、昨日の夕方のNHKニュースに私が大写しになったそうですが、ご覧になりましたでしょうか。
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