― はやし高正が日々の気になる出来事に関することを書いています
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北京の観光事情[ 2010年10月27日(水) ]
今回、「明の十三陵」に初めて行ったのですが、日本の団体さんも沢山いましたが、中国国内からやってきた観光客が相当にいました。そこで驚いたことは、埋葬品などにお金をお供えしていることでした。日本みたいに硬貨ではなく、沢山の紙幣を投げ入れているのです。
万里の長城で出会った中国人に、ここでも会いました。彼らはどこから来たのか知りませんが、北京の人でないことだけは確かです。考えれば、凄い偶然ですよね。あの広大な面積の中の万里の長城で会い、更に、10ヘクタールの明の十三陵で会うなんて。彼らも不思議な顔をしていました。団体の観光客は、田舎からやってきた農家の方々だと想像できます。全員、お揃いの帽子です。
他の都市部からの観光客は、家族連れが多かったように思います。そして、外国人も相当に目に付きましたね。かなり前に万里の長城に行った時は、中国人の観光客は殆ど見なかったように記憶しています。それが今回は、もの凄い中国人の観光客でした。そして、レストランや売店が無茶苦茶増えていました。以前は、個人営業の屋台程度だったですけどね。
北京市内の繁華街「王府井(ワンフージン)」にも観光客は押し寄せています。東京の銀座と比較すると、高級から低級まで揃っている繁華街と表現できます。お揃いの帽子軍団も必ず訪れる観光スポットです。しょんばらの例の2人が大好きな場所でもありますが、私には理解できません。私は直ぐ近くにある「新世界」の地下街にあるショッピングセンターが伸びると思ったのですが、シャレオ状態です。
前のブログにも書きましたが、「農協」という言葉が英語になった時代がありましたが、いま正に、中国がそんな状態になろうとしています。一所懸命に働いて、観光旅行に出かけるという時代がやってきたのです。しかし、富裕層が海外旅行に出かけていることと対比すると完全な格差社会を実感できます。超えられない世界がそこにはあるように思います。
北京事情[ 2010年10月26日(火) ]
今回で10回目の北京となりました。これまでは、高度成長一本やりの北京という印象でしたが、今回は、「落着いた北京」という感じを受けました。やはりオリンピックが果たした役割は大きかったということではないでしょうか。
東京もオリンピックで大きく生まれ変わりましたが、北京もそうだと思います。しかし、これからが大変なのが北京(中国)ではないでしょうか。民主化要求は強くなってきていますし、バブルが弾ける可能性も高まっています。学生に、ノーベル平和賞のことを聞いても誰も知りませんでしたので、報道されていないということです。これでは健全な国家とはいえません。
そして、私が残念に思ったことは、オリンピックが終わった途端に、まちがキレイでなくなったことです。徹底したクリーンキャンペーンをやって、ごみ一つ落ちていないまちになっていたのに、ごみが目につきました。「一つ拾えば一つだけキレイになる」というキャッチフレーズがありますが、捨てる人はあっても拾う人はいません。だから、捨てないことが重要ですね。
それと、面白い話しを聞きました。北京のタクシーは運転手が客を選ぶというものです。車の燃費を考えて、できるだけ一人の客を乗せるようにしているそうです。ですから、複数の人間がタクシーを待っていると、先ず停まりません。実際に私たちの仲間が故宮からホテルに帰るのに、タクシーを停めるのに1時間10分かかったそうです。最後は泣きそうになったと言っていました。
明日は、観光事情について書いてみたいと思います。
帰ってきました[ 2010年10月25日(月) ]
3泊4日の 「中国掃除に学ぶ会」から、昨日午後1時20分に広島空港に帰ってきました。色々な人々から、「中国は危ないから行くな」的な助言をいただきましたが、北京は全く問題なく、例年通りに掃除を行なうことができました。
尖閣諸島問題を日本のマスコミは連日報道していますが、北京では一切報道されていませんでした。日本から一緒に行った娘のハルカは当然、知っていましたが、中国の学生は本当に何も知っていませんでした。しかし、最初の夜の歓迎会で、「大変な時に来てくれて、本当の友人だ」と学院長がコメントしましたので、彼は間違いなく知っていました。彼は共産党の書記という立場です。
これまでは気にもせず(言葉が分からないから)テレビを見ていたのですが、良く見ると、反日的テレビ番組が相当に多いことが分かりました。日本は侵略者なんだと言わんばかりの内容だと私は感じました。写真日記に載せている場面は、「紅色経典」というテーマレストランに行ったときのものです。店員が演劇もするのですが、毛沢東万歳一色的な劇ばかりでした。
お客さんと一緒になって歌ったり踊ったりするのですが、日本人には違和感を感じる劇もありました。一緒に行った人が、「こんな劇は初めて見た」と言われていたので、尖閣諸島の影響かなと勘ぐってしまいました。それにしても、人民解放軍が劇になる時代です間違いなく中国は変わってきていますが、民間の現金輸送車の護衛が私たちに銃を平気で向ける国でもあります。
今回は中国国内の旅行のシーズンと重なったので、どこも大変な混雑でした。国民の所得が上がってきている証拠でもあります。かつての、農協を彷彿させる農民の姿を多く見ました。これから益々強大化するであろう中国に、これからも注視していきたいと思います。
宣伝活動[ 2010年10月21日(木) ]
さとやま博が開幕しました。宣伝活動のお手伝いをと思いまして、貼り付けてみました。色が変わっている「さとやま博」をクリックして見てください。
私はこれから広島空港に向けて出発します。大阪から娘のハルカが新幹線で広島に向かっていますので、空港で合流して北京に向かいます。今回は、総勢12名の少人数ですから別な意味、楽しい旅行となると思います。珍道中間違いなしかな?
では、行ってきます。
火葬場がひどい[ 2010年10月20日(水) ]
今日は組内の大変お世話になった方の葬儀がありました。最初の選挙では、後援会会長として頑張っていただきました。2回目の選挙の時には体調を崩されて、「申し訳ない」と言われたことを今でも鮮明に覚えています。
それにしても、火葬場がひどすぎます。異空間に来たのかと思えるほど、粗末千万です。お隣の三次市では新しい火葬場の建設が決まっていますが、若宮にある現在のものでも庄原の火葬場に比べると数段キレイに整備されています。近隣市町では、正に最低ランクの火葬場だといえます。人生の最終章といえる火葬の場ですから、何とかして欲しい気持ちで一杯です。
私はこれまで庄原市の火葬場に10回ではきかないくらい行っていますが、30年前ならいざ知らず、何も変わっていない施設を放置している行政の常識を疑います。荘厳な中で荼毘に付すというのが一般の常識ですが、変な表現ですが、盛り上がりに欠けたものとなります。亡くなった人はもういいんだという解釈なんでしょうか。あまりにもむご過ぎます。
予算編成で会派要望が行なわれますが、火葬場の大規模改修(新築)を是非とも全会一致で要望して欲しいものです。あの施設では、庄原市の恥だと私は思います。みなさんは、どう思われますか。
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