― はやし高正が日々の気になる出来事に関することを書いています
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今年を振り返り Part 2[ 2010年12月31日(金) ]
今年最後のブログになります。昨日のPart 1は、市議会議員としての振り返りでしたが、今日のPart 2では、個人的な1年を振り返ってみたいと思います。
今年は山に良く通いました。私たちが整備している「板橋さとやま学びの森」で6月6日に「ひろしま山の日県民の集い(庄原サテライト会場)」を開催しました。そのために、かなり本格的なステージを仲間と一緒に作ることになり、重機での整地作業、基礎工事、大工工事、電気工事をそれぞれのプロが応援してくれて、完成しました。当日は、板橋小学校の一心太鼓がこけら落としで演奏してくれました。
湯崎広島県知事が庄原市の宝探しで、「学びの森」においで下さいました。4月24日だったのですが、丁度、みのり保育所の園児のお散歩と一緒になり、知事は山の中で遊ぶ園児の姿に感動されていました。そして、次回は是非、マウンテンバイクで走りたいとおっしゃっていました。私は、ひろしま森づくり県民税を活用して整備している内容を説明しました。
もう一つの大きな思い出は、10月に「中国掃除に学ぶ会」で北京を訪問したことです。尖閣諸島問題で揺れていた日中関係の最中の訪問だったのですが、中国ではかん口令が敷かれていて、誰も一言も言いませんでした。というより、一切、情報が流されていなかったみたいです。大学の共産党幹部は知っていたようで、「大変な時に良く来てくれた」と歓迎してくれました。
9月12日に97歳だった祖母が帰らぬ人となりました。私たちの手を取ることもなく、突然に、火曜日より体調を崩し、日曜日の早朝に天国に旅立ちました。誠に、あっけない死に際でした。今でも、生きているような、そんな気がします。
今年1年、私のブログにお付き合いいただき、感謝申し上げます。残すところ7時間あまりとなりましたが、皆様、良いお歳をお迎え下さい。
今年を振り返り Part 1[ 2010年12月30日(木) ]
市議会議員2期目となりましたが、会派には属さず、一人でコツコツと活動してきました。一人では何もできないのかと問われれば、「そんなことはありません」と、お答えします。
1期目は、がむしゃらに走りまくりました。これまでの議員がやらなかったことは全てしますと宣言して、兎に角、無我夢中で活動しました。これまでの仕事では味わえなかった、ワクワクするものばかりでした。2期目は、最下位当選のショックをと引きずり、何をすればいいのか分からなくなってしまったのです。しかし、今年になり、心機一転、元気が戻ってきました。
自分の得意とする分野で勝負することに決めたのです。つまり、教育民生常任委員会が所管する分野に集中することにしました。大きく言えば、教育と福祉分野ということになります。来年4月で委員会の2年の任期が切れますが、私は再度、教育民生に残るつもりです。12月議会でも取り上げましたが、発達障害について継続して勉強していきます。そして、西城市民病院の経営改革と庄原赤十字病院の大規模改築も気にかかります。
視察で訪れた隠岐郡海士町では、衝撃をうけました。やる気になれば、町は変わることができるということを目の当たりにしたからです。成功の秘密は、交流にありました。外部から若者を引き込むことで地域が変わっていくことが実証されたのです。私は、総務省が行なっている「地域おこし協力隊」を庄原市に導入して、農林業の活性化を目指すべきだと考えます。(来年の私の仕事でもあります)
今年1年で、私の目指す方向が確定できたように思います。そういう意味では、充実した1年だったのではないでしょうか。まあ、はやし高正の持ち味は、妥協しないガンコさにありますから、その点でも満足できる1年を過ごしたと感じています。
道路封鎖[ 2010年12月29日(水) ]
朝出掛けて帰って見ると、県道入口に車が横になっているではありませんか。これまで何度も側溝に車が落ちたことはありますが、落ちて上がって横になったのです。警察も来ていましたが、事故は事故でも、一人相撲という事故でした。
それにしても車が横倒しになったのを始めて見ました。道路わきの標識は基礎から根こそぎなぎ倒されていましたから、相当な勢いで車が当たったのでしょうね。お母さんとお子さんが車の側に立っていましたが、怪我がなくて幸いでしたが、さぞや驚かれたことでしょう。ゴムのネット式のタイヤチェーンを装着したいましたが、滑り出したら車は止まりません。
道路封鎖状態ですから、私は車で入ることが出来ないので、お隣の家に車を停めて歩いて家に帰りました。本当に僅かな区間ですが、完全凍結していたようです。私たちでも雪道は毎年、新人の気持ちで運転していますが、それでも滑ることがあります。4輪駆動車が増え、スタッドレスタイヤの性能も良くなっていますが、凍結した路面の運転は怖いですね。
先ほど、甲奴までお酒を買いに行ってきました。山岡酒造の「瑞冠」が私のお気に入りです。前にも書いたかも知れませんが、「峰仙人」をずっと愛飲していたのですが、残念ながら蔵を閉じられました。これというお酒に巡りあえない私に友人が「瑞冠」をプレゼントしてくれたのです。そして、一口飲んだだけで、一気に「瑞冠」のファンになってしまいました。
あるブログです[ 2010年12月28日(火) ]
社民の福山権二さんが書いているブログです。
クリックです!
彼は昔は、「うるさい議員」で通っていたそうですが、今は孫もできて、穏やかな性格に変わられたみたいです。私は彼のブログを読んで、「こんな書き方もあるな」とは、思うのですが、書いていたら感情が高ぶってきて、思ったことをストレートに書いてしまいます。福山さんとも良く話すのですが、「林君のブログの様に書け」と言われることがあるそうです。誰も悩みながら書いているのが事実です。
しかし、福山さんのブログは長すぎて何が言いたいのか分かりづらい傾向にあると思います。頭に来たなら、「頭にきた」で、ええんじゃないですか。私は八方美人にはなれないので、「好きか嫌いか」の世界で生きています。敵も多いかも知れないけど、支持してくださる人も結構いると思っています。議員は市民の代表と言いながら、市長の提案に従うお抱え議員が殆どです。
今回のジュオン問題など、その最たるものです。仮にジュオンが復活するか、他の会社に買収されるかして再出発となることが、本当に庄原市にとってメリットとなるのか。建物と土地に対して平成22年5月24日に日本政策金融公庫が極度額3億円で根抵当権を設定しています。土地と建物は日本政策金融公庫が第一位で押さえているのです。どうやって、抵当権を抜くのでしょうか。
事業存続には更なる投資が必要ということですが、あなたは、あなたの税金が投入されることを望みます。仮に国のお金がきたから大丈夫と言われて、「良かったですね」と言えますか。先延ばしできない事態に立ち入っていることを自覚すべきです。福山さん、頑張ろうや!
呆れた調査特別委員会[ 2010年12月27日(月) ]
予想はしていましたが、学芸会の様な調査特別委員会でした。市長は決まっていた行事がありとの理由で出席しておらず、「責任者としての自覚の問題だ」と指摘する議員がいましたが、その程度の特別委員会という扱いだと私は思いました。
執行者の説明を求めると言っても、これまでの説明から踏み込んだものはなく、紙による資料提供も皆無ということからして、他人事です。特別委員会に出された資料は、議会事務局が集めたものだというから、何か変じゃないですか。以前のブログにも書きましたが、委員長と副委員長が議長に申し出て、補助金申請書類等は資料として提出させておくべきことです。
挙句の果てに、必要と思える資料の要求を出そうと思うから、どんな資料が欲しいか言ってくれには、「本気でする気があるのか」と聞きたいくらい呆れました。全員で調査するというのであれば、事務局が集めた資料程度は各自で読み込んでいるのが普通でしょう。まあ、する気がないのだからこの程度なんでしょうが、ここまでダンマリを決め込むと、議会は要らん!
私は今回の補助金申請を実際に行なった所である、中国四国農政局に出向こうと思っています。ことの顛末を知るには、入口から入っていかないと解明できないからです。手続きを経れば問題ないようですので、先ずは補助金の元締めに行って詳しい説明を聞きたいと思います。私には理解できないのですが、どうして議会に全てを明らかに出来ない執行部なのかということです。
議会は市民代表ですから、市民にも明らかにしないということですね。徹底した情報の公開という市長公約はなんなんでしょ。今日傍聴に来られていた報道関係者の皆さんが、「これでは記事にならん」と口々に言われていました。それほど、内容が無い特別委員会だったのです。興奮して書いたので、分かりづらい文章になったと思いますが、後日、落着いて書いて資料室にアップしたいと思います。
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