今年は最悪だったな

[ 2020年12月19日(土) ]

新型コロナウイルス感染症が世界中に蔓延したお蔭で、世界中が麻痺してしまいました。今はまだまだ蔓延中でもあり、ワクチン接種が始まった国もありますが、予断を許さない状況であることに変わりはありません。

今年は何をしたんだろうと考えるのですが、武漢から始まった新型コロナウイルス感染症により人類は経験したことのない世界に放り込まれたことは事実です。日本でも何度も同じ失敗を繰り返しながらコロナ対策を政府が主導して実施していますが、どうも国民の声は吸い上げていないのではないでしょうか。1年がやって来ようとしていますが、未だに迷走中です。

個人的には、議会活動や議員活動に非常に制約を受けましたので、庄原市を離れての調査研究が殆どできていません。庄原市では、市長と副市長1名が濃厚接触者となり2週間の自宅待機となりましたので、12月議会は飛んでしまいました。一般質問は1月6~8日で実施という正に異例の展開となっていますが、殆どやる気は失せています。

来年4月は市議会議員の改選ですが、どうやって運動をしたらいいのか悩んでします。いつもの年なら、あらゆる機会を捉えて、「宜しくお願いします」と挨拶して回るのですが、そんな機会である各種イベントの開催は皆無です。普段の活動があれば大丈夫な筈ですが、実績と得票は別という田舎選挙の現実がありますので、顔を売る場が欲しいのです。

という訳で、早朝より「地域政党きずな庄原」の宣伝を兼ねて朝立ちをしています。先ずは、「地域政党きずな庄原」の政党名を有権者の皆さんに認知していただくことからスタートです。しかし、愚痴は言いたくなけど、今年は最悪でした!

空き家対策は手遅れかも?

[ 2020年12月18日(金) ]

市内各地を街宣車に乗って宣伝活動をしていますが、4年前と比べると空き家の数は相当に増えていると感じます。以前は不便な山の中に多かった空き家ですが、今では、「どこにでも」空き家は存在しています。

空き家といっても時々には誰かが帰ってきて家の周りの手入れをしている感じがするものがありましたが、廃墟という感じの空き家が確実に増えています。家の表側から見ればダミーの洗濯物が干してあったりしますが、大抵、使わなくなった農機具が放置されています。そして、雨漏りがあると家はもう家ではなくなっていきます。

まちなかにある空き家は、「何とかして」と役所に苦情が来ますから担当課も動きますが、山の中にある空き家は自然に朽ちるのを待っているといえます。中には他人の迷惑にはなっていないと言われる家主さんもあるでしょうが、本当にそうでしょうか。家の周りの水路が塞がって土台が腐って倒壊することだってあります。裏山の手入れができず崩落することだってあります。

まちの中で廃墟と化した空き家を行政代執行で解体することが近頃良くありますが、厄介なのは、相続放棄です。一等地に建っている空き家なら解体しても更地は高値で売れるでしょうが、そうでない場合は誰も所有権を主張しないものです。東京などの大都会が抱える大問題が実は空き家なんです。

街宣活動をしていると地域交通問題、医療問題、介護問題等、全ては後継者が地元に居ない超高齢化社会が私たちに突き付けている課題ばかりです。病院や介護施設に高齢者は入院や入所するので地域交通に乗る人は減る一方です。これが処方箋ですというものは存在しませんが、不思議なことが今日はありました。山の中に新築の一軒家がありました。

正に多様な価値観ではないでしょうか?しかしながら、行政への挑戦かも知れませんね。試される行政です。

今朝は滅茶苦茶寒かった!

[ 2020年12月16日(水) ]

「地域政党きずな庄原」の街頭宣伝活動で今朝は新庄町のドライブイン・ミッキー前の交差点に立ちました。ときどき写真日記に写真を載せていますのでご覧下さい。昨日の東城も寒かったけど、今朝の寒さは昨日とは比較になりません。

やはり地元ですね、多くの知り合いが手を振りながら通って行きました。「風邪をひきんさんなよ」って窓を開けて大きな声で忠告してくる友人もあり、暫し気持ちがほっこりしました。7時半くらいから猛烈に雪が降り出し、傘をささずに頑張っていたのですが、どうにもならなくなり透明のビニール傘をさしました。正に選挙のための修行です。

しかし、好きでやっている訳ですから文句を言ってはいけません。辛ければ止めればいいのですからね。体調面からすると良いこともあります。ほんの少しづつではありますが、体重が減ってきています。今は発表するほどの数値ではありませんが、キロ単位ではなくグラム単位での減少です。それと、早寝早起きにも慣れてきましたので、早起きは三文の徳となるでしょう。

これも気づきですが、子供(学生)を送迎される保護者が多いのには驚きます。公共交通も通っているのでしょうが、勤めの関係があるのかも知れませんが、考えさせられました。そうかも思えば、新庄や板橋に住む中学生たちが防寒着も着ずに歩いて学校に行っている姿を見れば、昔と同じじゃと何となく安堵する自分がいました。

もうひとつ気になったことは、信号無視というか、赤でも突っ込む車が結構多かったことです。恐らく、時間的に余裕がないのでしょうね。事故は起きるのではなく、起こすのかも知れません。

今日も元気に朝の挨拶運動

[ 2020年12月14日(月) ]

「地域政党きずな庄原」の朝の挨拶運動を眼鏡市場がある交差点で行いました。午前7時から立っていたのですが、途中で雨が降り出すハプニングもありましたが、8時15分まで多くの皆さんに手を振って挨拶させていただきました。

一緒に挨拶運動に加わっている伊井啓太さんもかなりフットワークが軽くなり、信号が変わる度に場所を移動して挨拶していました。私は初めて今日の場所に立ったのですが、色々な気づきがありました。備北交通さんには失礼ですが、多くの学生が乗ったバスを見て、「やっぱり、人が乗ってなんぼのバスよのう」と思いました。

それから、川手町から庄原小学校に通う小学生の集団がありました。どの子も礼儀正しく、「おはようございます」と元気に挨拶して歩いて行きました。また、庄原赤十字病院に通勤する人たちの車も相当数あり、周辺の駐車場がドンドン埋まっていきました。やはり庄原ですから多くの知り合いにも挨拶できましたが、皆さん直ぐに理解できたみたいです。

水曜日も旧庄原で挨拶運動をしますが、場所を変えて新庄町のミッキー食堂の前から行います。明日は初めて東城町に行き、東城病院前での挨拶運動です。挨拶運動を終えるとそのまま東城に残り、街宣車で東城町内を「地域政党きずな庄原」のコマーシャルを流しながら巡回します。天気予報では雪が降るそうですが、暖かくして出かけましょう。

偉大な先輩が亡くなる

[ 2020年12月13日(日) ]

私が政治の師と仰いでいた元市議会議員だった片山孝昭さんが昨日、亡くなられました。彼とは私が議員になる前から親しくしていましたが、相談した訳ではありませんが、今から16年前に彼が議員を引退し、私が議員に立候補したのです。

ここ数年は体調がすぐれず酸素ボンベを持っての生活をされていましたが、昨日の朝、病状が急変したため救急車で庄原赤十字病院に入院されましたが、病室に入ると息を引き取られたそうです。葬儀は明日なんですが、コロナのこともあり家族葬とのことでしたので、どうしても顔が見たかったのでご自宅に行かせていただきました。

奥さんが、家に帰った時には温かったんですとおっしゃっていましたが、穏やかな顔をされていました。「林さんはお父さんが元気な時にばかり来られていたんよ」と言われたのですが、本当は酸素を吸引する量が段々と増えて体調は悪かったみたいです。そうとは知らず、相談事があると行っていた私に諭すように話して下さった片山さんでした。

彼から教えられたというか、ものの考え方について、自我が強い私に自分の経験からの言葉に何度となく救われました。議会というもの、議員というもの、理想と現実の狭間にあっても自分の進むべき道を誤らない心構えを教わった様にも思います。旧庄原市議会最後の議長に推され合併を成し遂げたことでの引退であったのかも知れません。