三次駅前再開発について

[ 2009年1月24日(土) ]

庄原の私が三次駅前のことを書くのもどうかと思いながら書いているのですが、私の友人のS議員ともよく議論している問題でもあり、敢えて書くことにしました。その議論をする場所が、これまた駅前の友人の喫茶店ですから、議論百出となります。

三次駅は、芸備線・三江線・福塩線の3本が乗り入れている駅です。私も三次高校時代は、三次市内で友達と遊んだりして三次駅から列車に乗って庄原に帰っていましたので、三次駅はなじみの駅ではあります。書きながら思い出したのですが、複数の同級生の親父さんが国鉄マンだったので、社員食堂で食事をしたり、勝手に操車場を歩いたりもしていましたね。

その三次駅前を再開発しようということになったのですが、どうもあまり意味のない再開発になりそうな雰囲気のようです。というのは、JRがまるで本気にならないというのが、その原因のひとつだそうです。それと、備北交通さんは既に駐車場を完備したバスセンターを整備されており、駅前に移転することは否定されているからです。更に、国道の拡幅も計画されながら実施されておらず、2段階の開発になる可能性が高いということもあります。

では何故、再開発なのか?予算がついたからといのがどうも本当のところのようです。この計画自体は、かなり前に立てられていたもので、当時は駅前から十日市をまたいで川の土手までを構造改善事業的に区画整理するものだったようです。土地は全て拠出ということだったようですが、あまりの計画の大きさに計画倒れになったのです。実は同級生の親父さんが市議会議員をしていたので、計画図面を見せてもらったことがあるのです。

本題に戻しますが、私は議論が足らないと思います。先ずは、JRとの基本構想を練ることが最優先だと思います。何故なら、JRはどうも中三田あたりまでしか経営の関心がないように私は感じているからです。民間会社になれば、利益が一番ということですね。さあ、みなさんは、どう思われますか?

ブログの力

[ 2009年1月9日(金) ]

私が言うのもなんですが、本当に毎日多くの皆さんがアクセスしてくださいます。それも、日本全国からですから嬉しくなってきます。近頃は学生さんが増えているのではと感じています。日本各地の大学のサーバーからのアクセスが確認できます。

ほぼ毎日書き続けているブログですが、私の活動の足跡だと思っています。感情のままに書き綴って、早いもので4年を超えました。近頃、読み返してみることがあるのですが、つまらんことを結構書いていますね。まあ、日記ですから。

コメントがあると、「何が書いてあるんじゃろう」ってウキウキして開きます。会ったことのない人たちのコメントですが、書く励みになることは事実です。「庄原市の動きはあなたのブログでしか入手できない」と言ってくださった方もいらっしゃいます。情報公開といいますが、情報は決して垂れ流しではありませんから、自ら求めるということも必要です。

私がブログの存在を知ったのは新聞記事からです。アメリカの大学でゼミの連絡などに携帯(PDA)を掲示板的に使われているというものでした。今のミクシーみたいなものだったのではないでしょうか。そして、進化していく過程から今のブログが誕生したのではないでしょうか。私は、あまり人様のブログは読んだことが実はないんです。ですから、本当に自分の気分というか、感情のままに書き続けています。

どこが面白いのか分かりませんが、結果として今では毎日300人近い人々が訪れてくださっています。何となく、物書きになった気分になる時もあります。学生時代は作文は苦手な分野だったのですが、ブログを書き始めてからは、書くことが苦にならなくなりました。近頃は油断すると、少し長めの文章になっているようです。長くなりすぎると、最後まで読んでもらえないといわれています。

しかし、ブログには力があることを実感しています。本当に声をかけてくださる方が増えてきているからです。ADSLが開通した地区からのアクセスも確実に増えてきています。これからが庄原市の情報過疎からの脱却だと思います。どうぞ、積極的にコメントをお寄せ下さい。私の議員活動の活力となりますので。

激動の世界を読む

[ 2009年1月8日(木) ]

アメリカが世界の警察官などと言っていた時代は遠い過去の話となりました。世界は間違いなく再編されていっています。ここで日本のとるべき道は何か、考えてみたいと思います。

来客です。続きは後で。

日本は独立国家ではありますが、アメリカの傘の下にあることは間違いありませんでした。そう、でしたになっていきます。私の疑問は、これからの防衛のあり方をどうするのか。この前のノーベル平和賞を頂かれた総理大臣経験者の「核容認発言」が公開され唖然としましたが、時代が違うということでは済まされない気がします。O沢さんの国連軍構想は、なるほど理想的ではありますが、現時点は無理だと思います。

未だに北朝鮮では核開発が続いているのではと見られていますが、恐らく続けていると私も思います。しかし、このまま自由気ままな北朝鮮を続けることは既に限界でしょう。

またも来客。

今日は朝から人が良くおいでになります。嬉しいことではありますが、ブログも書けない状態でした。やっと落ち着きましたので、続きを書こうと思いますが、何を書いていたのか思い出しています。

やはり鍵は、中国とロシアだろうと思います。ブリックスとも言われますが、私はこの二大大国とアメリカの絡みが微妙でしょうね。そこに資本と技術を持った日本がキラリと光る予定なのですが、政府の体たらくで存在価値は発揮できていません。国際社会の中の日本の進むべき道が定まっていないとしか言えません。保護主義的になるかも知れませんが、先端産業の内製化はドンドン進むでしょう。

さて、防衛の問題ですが、どうでも自衛隊の軍隊化は避けて通れないのではと感じます。憲法解釈にも限界が見えていますので、改憲も必要となるでしょう。日本を誰が守るのかという議論を本気でする時代に突入したのではないでしょうか。直ぐにということではありませんが、間違いなくアメリカの傘は破れてきています。これも既に動いていることですが、EUがどこまで統合できるのか、壮大な実験ですが、将来を占う上では非常に重要です。

凡事徹底

[ 2009年1月6日(火) ]

2009年の行動指針を「凡事徹底」としました。会社の事務所と私の事務所に掲げて、いつでも見えるようにしています。当たり前のことを当たり前にやりぬくことを実践します。特別なことをするのではなく、ごく普通に。

「凡事徹底」は、掃除に学ぶ会の鍵山相談役が好んで使われる言葉です。何事も徹底的というのが鍵山相談役の精神です。トイレ掃除は、執念と言ってもいいくらい徹底的にきれいにされますが、中途半端からは学びはないということだと思います。会社の中は見事に整理整頓されており、帳票類も一目で分かるように棚に並べられています。掃除道具もそうです。

特別にという言葉ではなく、いつでもどこでも同じことをするのがイエローハットの社風となっています。原点回帰とか、初心に戻るとか言いますが、おかしくなったからそうするのですから、戻ることはできません。だったらいつも同じことを徹底的にすれば道を踏み外すことはないはずです。中々出来そうでできないのが、「当たり前」のことなんですね。

「ありがとうございます」「おはようございます」「お世話になります」。中々言っているようで言っていないのではないでしょうか。家族の中でちゃんと挨拶していますか。松下幸之助の有名な言葉、「一事が万事。掃除しなはれ」も同じ精神があると思います。私がいつも下げて歩いているカバンを良く見て下さい。「凡事徹底」と書いてあります。持って歩いていながら、やることは中途半端だった私です。

ある議員の独り言

[ 2008年6月22日(日) ]

「選挙で選ばれたからといって、議員ですと自信をもって言えますか、あなたは」と言われたら、私は「はい、議員です」と胸を張って言うことができます。こらから書くことは愚痴かもしれませんが、普段から私が感じていることではあります。

1年間に500万円あまりの年俸を頂いていますが、月で割ると約42万円となります。これは所得税などを払う前の総支給額ですが、恐らく多くの市民の皆さんが「高すぎる」と思われていると感じます。では何故、高すぎると思われるのでしょうか。それは、仕事が見えないからです。議員としての仕事は何か、分からないからでもあります。

今回の6月定例議会で一般質問に立った議員は、13名です(1番は、病気欠席で2番から)。どの会派に所属している議員か、どの町から選出されている議員か、どんな内容の質問をしたのか、ご存知ですか?庄原市議会のホームページを貼り付けますので、確認してみてください。
会派構成→ここをクリックです!
一般質問→ここをクリックです!

これは嫌味でも何でもありません。これが現実なんです。特に6月は予算も決算も関係ないので、統一したテーマを持っていない議員にはまるで興味のない議会となるのです。つまり、季節労働者的な議員感覚があるのだと私は思います。仮に年俸500万円で、毎日出勤(8時間労働)して、各種行政課題の解決に向けて議論したり、市民の意見を集約したり、県や国の政策について出向いて意見を述べたり、4年に1回の選挙をするとなれば、どんな人が議員になるのでしょうか。

高額な年金受給者であるとか、生活に困らない資産を持っているとか、政党のバックがある人とか、政治が大好きな人、そんな人しか議員にはなれないでしょう。議員は住民の代表であり、執行者側(市長側)の提案を議論・審査して、最終的に議決して予算執行し、事業を行うわけです。ですから、特定の人たちだけが議員になることは非常に危険だということです。

大問題は、選ばれても何も言わず、何もせず、座り続けて、言われるままに手をあげる議員が多いことです。一般質問しても何になる、選ばれた私が強いのよ、これが政治よという議員さん、立候補した頃の「志」を思い出してください。議会は、沈黙は金と思うなかれ。議会は、議論の府です。