自治会総会

[ 2010年3月28日(日) ]

今日は、板橋東自治会の総会が行われました。各種事業の報告や決算報告が行われ、新年度の計画等が示され、承認されました。76戸で構成している自治会ですが、歴史的に敷信自治振興区の中心であると自負しています。それは、小学校・保育所・農協・駐在所・郵便局・自治振興センターは全て、板橋東地区にあります。

敷信村役場が板橋東にあったことから考えると、かなり昔から中心地であったのであろうと思います。別に、そのことで、「どうだ」とか言うものではありませんが、何らかの理由からそうなったのであろうと考えます。今は無くなりましたが、中学校もかつてはありました。永山忠則という政治家が板橋東出身であったこともある程度、影響があったのかも知れませんが、やはり、地の利がよかったのだろうと想像します。

そんな、板橋東地区も悩みを抱えています。後継者不足というか、誰も帰らずに廃屋となった家が点在していること。耕作放棄地が徐々に現れてきていること。これから、どうなっていくんだろうかと心配になってきます。今日の総会で、発言される方々は、家を新築して来られた人が多かったように思います。そうしてみれば、新陳代謝が進んできているのも事実です。

行政の末端の自治会ですが、自治会が元気で頑張らないと自治振興区も元気が出てきません。下からの突き上げがないと、上部組織も緊張感が生れないと思います。総会でも積極的に発言させていただきましたが、私も地区の構成員です。多様な価値観を認め合ってこそ発展もあるのではないでしょうか。皆さんも、自治について考えてみてください。

卒園式

[ 2010年3月27日(土) ]

今日は、敷信みのり保育所の卒園式でした。午前9時30分から行われたのですが、私は10時とばかり思い込んでいて、ふとスケジュールを見ると、9時30分にマークがしてあり大慌て。その時の私の腕時計は、9時22分でしたが、何とかギリギリセーフでした。

今回の卒園式は、親子で前に出て卒園証書をいただくというものでした。マントに角帽をかむり、まるでハーバードかオックスフォードという感じの子どもたちはカッコよかったです。問題は、式の後の第二部なんですね。みのり保育所は毎回、驚きの演出をされるので、今回は何が飛び出すのかと興味津々に待っていると、ミュージカルでした。

「24匹の猫」という、お腹を空かした子どもたちにが猫になって大きなお魚を求めて旅にでるというお話しでした。音楽に合わせて歌うことは勿論ですが、身体を鍛える場面では、レスリングで鍛えたブリッジを披露してくれました。歌いながらの組体操や大縄跳びも素敵でした。よさこいソーランもやっていたな。これまでの歩みをパワーポイントで投影しながらの、これぞ、ミュージカルは感動ものでした。

親御さんも、これほどたくましく成長した我が子を見て、感動されたことでしょう。本当に素敵な卒園式にお招きいただき、感謝申し上げます。それにしても、保育士さんたちが、ボロボロ泣かれる姿を見ていると、正に我が子との思いだったのだと感じました。

ありがとうございました。

夢破れ

[ 2010年3月26日(金) ]

私のブログにも何度か登場したことのある、大島造船所の農産部門が庄原から完全撤退することになりました。詳しいことは資料室の、「板橋イチゴ団地計画の概要」をご覧いただければと思います。

イチゴがトマトに変わり、予定していた場所も変わり、結局、私の田圃にハウスを建築してトマト栽培が始まっていました。大島の技術者のお陰で、高糖度トマトが出来るようになり、高値で取引されるようになっていたのですが、今日で撤退します。造船不況で受注が取れない状況が続いており、経営資源を造船部門に集めるための決断だそうです。

大島造船所という会社が理解できないので、仲間とレンタカーを借りて自分たちで運転して長崎まで行きました。初めてみる造船所には、多くの人たちが働いており、高糖度トマトも自社農園で栽培されており、これなら間違いない会社だと確信して帰ってきたのでした。しかし、次々に問題が起きてきました。ここに詳しいことは書けませんが、何度も計画を中止しようかと思ったことも事実です。

しかし、何とか実験圃場としてハウスを建ててトマトを栽培することが出来たのです。しかも出来たトマトは高糖度トマトで売れ行きも順調だったのです。ビッグでもJAでもスレスタにも並んでいたので、購入された方は多いと思います。大島造船所も夢破れでしょうが、私の夢も破れてしまいました。しかし、決してこれで諦めるつもりはありません。発表できる段階になれば、次の一歩をお知らせします。

議会最終日

[ 2010年3月25日(木) ]

今日は、本会議最終日でした。午前中に新年度予算案は、全て可決されました。予算審査特別委員会で審査して、委員会として認定していましたので、当然といえば当然のことです。今日は一つだけ驚くことがありました。江角副市長が辞職して、国交省に帰ることになっていたからです。

次の副市長も今日、選任同意案が出され可決されましたので、4月から着任されます。国交省の人事は、25日まで発表できないのだそうですが、それにしても突然でビックリしました。今度の人も国交省からおいでになりますが、内部登用できないのでしょうか。それと、本当に二人の副市長が必要なのでしょうか?私にはあまり必要性を感じませんが・・・・・

本会議終了後、議員全員協議会が開催されましたが、最終日にする必要があるのか、これも疑問でした。私は未だに議会のルールというか、執行者と議会の不思議な関係に困惑しています。車の両輪といいながら、自転車の前輪と後輪のように感じています。前輪に自動的にくっついていく後輪が議会だといえます。ブレーキは前輪と後輪に別々にあるのでしょうが、後輪のブレーキは故障中です。

写真日記のはしご車は、昨日の消防議会の後に説明を受けているところを写したものです。何と、1億6,881万9千円の最新式のはしご車です。四輪駆動で30メートル級はしご車で、8,866cc・380馬力の環境対応ディーゼルエンジンを搭載しているそうです。消火能力は、最大放水量毎分2,000Lの放水銃を装備しています。私からすると、化け物の様なはしご車でした。出動しないことを祈ります。

卒業式

[ 2010年3月24日(水) ]

今日は10時から、私の母校でもある板橋小学校の卒業式に出席させていただきました。学びの森に何度か来た子どもたちもいましたので、それほど違和感を感じることなく、式を楽しむことができました。

卒業生は、中学校の制服を着ての登場です。6年担任の先生が引率して生徒が式場に入って来たのですが、何と、一番前を歩いているのは我社の従業員の娘さんではありませんか。この前のトイレ掃除にも親子で参加してくれたいたので、直ぐに分かりました。それから、数名のトイレ掃除参加者も確認できました。

卒業生26名が整列して、いよいよ卒業証書授与式が始まります。一人ひとり壇上に上がり、校長先生から卒業証書をいただくのですが、どの子も輝いていました。私が板橋小学校を卒業したのは今から43年前ですが、この子たちのように凛としていたでしょうか。遠い記憶では、かなり泣いたことを覚えています。

最後に、卒業生と在校生が「旅立ちの日に」を歌ったのですが、歌詞に「飛び立とう未来信じて」という一節がありましたが、正に、飛び立っていきました。私にとっては、年に一度だけ大きな声で、板橋小学校校歌が歌える幸せも感じることができた、今日の卒業式でした。