― はやし高正が日々の気になる出来事に関することを書いています
| « 前のページ | | | 次のページ » |
東城路活性化役を新設[ 2011年8月18日(木) ]
昨日の中国新聞県北部版を見て、驚きました。資料室に新聞記事をPDFで載せていますのでご覧いただきたいと思います。興味の無い方は、「何の記事」と思われるでしょうが、私たちからすると、「騙された」となるんです。
議員である私たちはまるで知りませんでした。大多数の市の職員も知りませんでした。新聞報道で知ったという人が殆どでした。あれほど議論に議論を重ね、今回の議会報告会でも物議を醸した「三楽荘問題」の張本人といってもよい、前東城支所長木村幸子さんが委嘱されたのですから、「どうなっとるんなら」と市の関係者の殆どは呆れました。
新たな課を新設したのは誰か、その予算措置はどうなっているのか。私の個人会社であれば、極端な話し、何をどうしようと社長の私の勝手です。しかし、公金を預かっている行政という立場であれば、しかるべき手順を踏む必要があります。基本的には、産業建設常任委員会が所管する事柄ですが、委員長を始め、どの委員も知りませんでした。
聞くところによると、三楽荘の改修費用の予算を通す代わりに、「二度と私(木村幸子)は、三楽荘やえびすには係わらない」と約束したそうです。(紙に書いたものは無く、当時の関係者のお話です)その時の、産業建設常任委員会の委員たちは、正に、コケにされたと言ってもいいでしょう。
東城のまちの中でも大変な物議を醸しているということですが、当たり前のことです。これまでの全ての議論を白紙にするほどの事件だと私は思います。思いつきにも程がある!
私には理解できない[ 2011年8月17日(水) ]
議会改革特別委員会を本日10時から開催しました。議員それぞれがそれぞれの意見をお持ちであることは知っていますが、私には理解できない意見もその中にはあります。理解できない私が悪いのかと思ったりもしましたが、やはり、理解できません。
議員定数を削減する方向で委員長は誘導しているという指摘を何度も受けるのですが、別段、誘導しているつもりは毛頭無いのですが、どうしてもそういう風に見えるの(聞こえる)のでしょう。まあ、これまでの私のブログや私の議会での議論をみていると、議員定数は下げなくてどうするという感じで発言しているのは事実です。
これまでの議論で、庄原市議会の現在の議員定数(条例により決めている)25名を増員しなさいという意見は流石に出てきていません。これまで減らしてきたものを増やすということにはならないし、第一、合併の議論の中で処理されていることだと私は感じています。例として、旧町で12名の議員が、今は2名の議員だが、増やせという議論になりますか。
一体感の醸成なんて言葉は議会には通用しない言葉です。あくまでも、私は〇〇地域の代表選手ですと宣言しておられるのですから。議員定数問題には支所問題、支所機能問題は一切出てきません。過去の議論になってしまっています。知らぬ間に、自治振興センター化という言葉に置き換えられています。残すは、支所ではなく議員なんですね。
判断基準は、自分が議員に当選できるか出来ないかの1点という風に感じた今日の特別委員会での議論でした。最下位当選の私が言うのですから、説得力はあるでしょ!
肩が良くならない[ 2011年8月16日(火) ]
ブログにも書いていましたが、左肩の筋が切れています。最初は、何てことはないだろうと思っていたのですが、どうも痛いのでMRI 検査を受けると、筋が切れていることが判明しました。それからでも、4ヶ月が経ちます。
手術をするにも、腕がある程度動く状態になっていないとできないということで、リハビリを頑張っています。この調子なら手術を受けなくても大丈夫かなと思っていたのですが、昨日、「やはり駄目だ」と自覚する出来事が発生しました。敷信地区の盆野球で始球式をすることになり、キャッチボールをしようとしたら、左腕が上がらなかったのです。
日常生活を送るには何とかなると思っていたのですが、良く考えると、天井の蛍光灯の交換ができなかったり、荷物を網棚に上げれなかったり、要は、手を上にしての作業ができないのです。このままでは、やはり困るので、19日に先生と相談して決めることにしました。本当は、草刈をするのも結構大変なんです。
人間の身体は上手く作られていることが良く理解できます。最初に肩があるものに当たったときには、これほど苦労することになろうとは思いもしませんでした。まさか、肩の筋が切れているなんて想像もしませんでしたからね。簡単に手術と書きましたが、県病院がその道の権威だそうですから、広島に行かなければなりません。
今すぐということではありませんが、一定期間は入院が必要ですので、段取りをつけながら前に進めていきます。
終戦記念日[ 2011年8月15日(月) ]
66回目の終戦記念日でした。前ほど、テレビで戦争関係の映画やドラマを放映しなくなりました。風化していっているという表現が当たっているのかも知れませんが、風化させてはいけない記念日です。
亡くなった親父はシベリアに抑留されて、九死に一生を得て帰国してきましたが、生涯、戦争について語ることはありませんでした。母の弟は、特攻隊で亡くなりました。100%の確証があるわけではありませんが、終戦後に飛び立った特攻だということです。多くの伯父や伯母は被爆者です。私も被爆二世です。
戦争の無意味さは、どんなに理由を探してみても、正当性は見出せません。殺し合いでしかありません。そして、勝った国と負けた国が生まれます。喧嘩両成敗とならないのが、戦争です。国家間の争いですからね。これから先も、日本は戦争を仕掛けた国として存立していきます。戦争責任とはかくも厳しいものなのです。
この戦争責任に真正面から向き合う必要が国家にはあります。いくらアメリカと同盟国になろうとも、戦争責任を回避できるものではありません。例え、100回目の終戦記念日がやってこようとも、終わりはありません。日本国の永久なる責務です。
帝釈峡に行きました[ 2011年8月14日(日) ]
予告どおりに中国の彼女たちを連れて、「国定公園 帝釈峡」に行きました。神石側から入って、先ず、コスモドームに案内したのですが、「どうして、ここにドームがあるのですか」という質問には参りました。
正にバブル絶頂期の遺産としか思えない代物です。道路は後回しだったのでしょうが、どうやってお役人を説得したのか興味のあるところではあります。そして、神龍湖に下りて遊覧船に30数年ぶりに乗りました。未だに靴を脱いで畳に座る遊覧船なんて、化石の世界ですね。経営努力以前の問題です。
先ほども少し触れましたが、帝釈峡観光の大きな課題は、車社会ということを置き去りにしていることです。極端な話をすれば、幹線道路や駐車場は、30年前とほぼ同じです。忘れ去られた観光地と言えます。観光客が来なくなるから周辺の手入れもしなくなるから、ドンドン寂れる。これを、悪循環といいます。
白雲洞にも久々に入りました。1人250円は、お得と感じました。遊覧船が、1人1000円ですけど、損をした感じです。秋の紅葉のシーズンとまさか同じ料金じゃないでしょうね。お客様は、支払った金額と満足度に大きな開きがあれば不満が勝ります。その逆であれば、宣伝部隊に変身します。
中国の娘たちは何の文句も言いませんでしたが(言うはずがない)、本当はこんな外国人に感想を聞いてみるべきでしょう。駐車場に停まっていた車は、広島や福山ナンバーばかりでした。ということは、私の様な「懐かし派」ばかりでしょうね。ということで、採点は、50点となりました。
| « 前のページ | | | 次のページ » |