― はやし高正が日々の気になる出来事に関することを書いています
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東城の問題[ 2011年8月23日(火) ]
私のブログにも書きましたが、東城の元支所長の件です。我々議員の意識の中には、「また、東城か」というものがあります。今日も複数の議員と意見交換したのですが、「うんざり」という感じでしたね。
会って話した誰もが、「私は聞いていない」、「副市長も知らなかったみたいだ」なんてことを言われます。25日の議員全員協議会で一連の東城事件の顛末を説明するのかという話題にもなったのですが、「しないだろう」という皆さんの受け止め方でした。しかし、このままでは新聞報道も2度目あり、何らかの対応を考えるべきとなりました。
こんなことを話し合うこと自体、バカバカしいことなのですが、仕方ありません。結局、複数の議員がそれぞれの考え方に基づいて行動を起こしました。恐らく、25日の議員全員協議会で、経過報告を含めた説明が行なわれるのではと思います。これで終わりということではなく、幕が開いたということになると思います。
三楽荘を始め、全ての類似施設の見直し作業を始めるべきだと考えます。どの施設も、泣かず飛ばずという状況であり、公金を投入している成果がいかほどかという検証が必要です。中には、存続する意味が無いというものもでる可能性があります。厳しい財政状況を考えるなら、徹底した見直し作業も当然というものです。
発端は、東城の問題ですが、庄原市の問題となってきました。
転勤[ 2011年8月22日(月) ]
私が転勤する訳ではありませんが、山陽新聞の東城支局長が9月1日付けで本社に転勤だと言っていました。この前は、中国新聞の庄原支局長が本社に転勤しましたので、ベテラン2人が転勤となります。
2人共、これほど長く同じところにいることになろうとは思っていなかったと言っていましたが、一般的新聞記者からすると本当にそうみたいです。色々な事情があって長くなったのでしょうが、私からすると、4年くらいは当たり前ではないかと思います。やはり、地方紙は地元に密着した記事があってこそではないでしょうか。
一般市民の情報源は新聞ということが多いと思います。ですから、記事の書き方によって物事が大きく変わることも起きます。特に田舎特有のバックグラウンドが理解できずに書かれると、誤解を受ける内容になったりすることもあります。何気なく読まれる記事の様ですが、影響力は相当にあります。影響のある記事です←クリック
私たちは転勤のない庄原市議会で活動しているのですが、他の市に転勤してみたいなと思ったりもしています。これは、叶わぬ夢かも知れませんが、職員は県に出向したり、人事交流があったりしているのですから、議員も1年程度の内地留学的な試みがあってもいいのではないでしょうか。
「井の中の蛙大海を知らず」と人には言っておきながら、井の中の蛙議員の私です。
老いるとは[ 2011年8月21日(日) ]
「老いるショック」という言葉がありますが、身近でそのショックが起きると、凄い不安にさいなまれます。この前まで元気だった人に認知症が出てきたのです。家族は、ショックを通り越してパニックだそうです。
しっかりした人だっただけに、「えっ、あの人が」と疑っていたのですが、今日、偶然に出会いました。結果は、「ちょっとおかしいかな」という感じでした。それは、会った最初の言葉が、「今日は始めてよの(今日会ったのは、初めてだよね)」だったからです。こんな会話、普通はしませんよね。自分でも確認しているのだと思います。
私は母に向かって、「呆けたんか」と言うことがたまにあります。加齢によって聴力が衰え、頓珍漢な返事をするときに「呆けたんか」と言うと、「呆きゃあせんよう」と返事が帰るのが常ではあります。これは一種、分かってしているのですが、本当に母親に認知症が出たら、どうすればいいのか分かりません。
肉体的な衰えならば、諦めもつきますが、自分が分からない自分になっていくというのはどんな感情が発生するのでしょうか。まるで分からない状態になれば、自分自身も悩まなくなるでしょうが、進行するに従ってというのは辛すぎます。ある時点を過ぎるまでは、悩める精神状態だと思います。
こんな、暗い話題で失礼しました。
こんな政治でいいのか[ 2011年8月20日(土) ]
衆議院の解散がほぼ無くなったので、民主党は次の総裁候補選びに専念されているように見えます。急激な円高に打つ手がないのかどうか知りませんが、このままでは日本の企業は日本を去っていきます。
これが最後の民主党政権だからなんて、国民は蚊帳の外です。支持率が上がってきている自民党ですが、民主党が不甲斐なさ過ぎるからの上昇です。自民党政権時代、失われた〇〇年という言い方をされていましたが、民主党政権になっても継続して失われています。政治主導は掛け声倒れになったのでしょうか。
私たちが住む庄原市の政治も市民は蚊帳の外であると言われれば、その通りかも知れません。市民の代表であるべき議員が、執行者と仲好し小好し状態ですから、何でもオッケーのやりたい放題。恣意的人事なんて、朝飯前です。民主党内部も小沢一郎詣でとは、これいかにです。数が背景とは情けないですね。
復興を目指す東北地方を特区として、政治のやり方も変えてみませんか。既成政党の限界は既に露呈しているわけですから、役所と住民の合議制の導入もいいのではないかと考えます。少なくとも、今の政治スタイルよりは良くなると思います。今の政治家は抵抗勢力そのものに私には思えます。既得権を手放さない。
まだまだ禁酒です[ 2011年8月19日(金) ]
今日は整形外科と内科を受診しました。結論から言うと、整形外科のリハビリは今日で終了しました。そして私の肩は、仮に手術をしてもこれ以上は回復しないことも分かりました。何とか、万歳は出来ますので、政治家は続けられます。
素人考えで、肩の筋を手術すれば腕が上がるようになると思っていたのですが、そんなに簡単なものではありませんでした。昔の医学では、無理をして手術をしていた時期もあったそうですが、痛みだけが残って、改善されなかったそうです。私ももっと早くに対応していれば何とかなったのかも知れませんが、後の祭りです。
これからは、プールでの水中歩行の時に肩のリハビリを今まで以上に行なうこととします。油断してリハビリを止めると、段々と腕が上がらなくなるそうですから、困ったことです。次に行った内科では、血液検査の結果、おいそれとは数値は下がっておらず、禁酒続行を言い渡されました。
肝臓は沈黙の臓器と言われているように、そう簡単にγ-GTPは正常値に戻りません。永年の大量の飲酒で、相当にダメージを受けているようです。次の検査は10月だと言うと、友人から「1年くらい酒は止めんさい」と言われてしまいました。強がりを言って飲み会に出てはウーロン茶を飲んでいますが、これからは飲み会は遠慮したいな。
「12月31日から飲酒できますね」って、先生に言ったのですが、無視されました。
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