上野池が熱かった

[ 2011年8月28日(日) ]

午前10時から、上野池で「第14回 わしらがこさえた船の競演」がありました。15チームの参加で競ったのですが、中には参加目的が分からないグループもありました。まあ、そう言いながら、参加することに意義があったようです。

17年振りの再開ということだったので見に行ったのですが、正直、楽しめました。その中で、口和の「湯木青年会」が1号と2号を仕立てていたのには驚きました。確かに船といえるほどのものではなく、手抜きと言われればその通りかも知れませんが、2艘の船をエントリーしたことが素晴らしいと思います。

庄原市役所の職員有志も頑張っていました。上司より祭を盛り上げるために、「若い職員は参加しろ」という号令が恐らく有ったのでしょうが、人目も気にしない衣装で参加した職員には盛大な拍手を送りたいと思います。参加の殆どが、職域や友人によるものでしたから、今夜は花火を見ながら盛大に反省会が行なわれることでしょう。

私が感じたことは、祭に参加するために仲間と力を合わせて船を作り始めた段階から、既に祭が始まっていたということです。だから、極端な話し、成績なんてどうでも良かったのだと思います。スタートして周回コースを回って帰ってきたときには、どの船の乗り組み員も素敵な笑顔をしていました。正に、満たされた喜びです!

「わしらがこさえた」の響きが非常に心地よかった、本日の上野池でした。一傍観者として、感謝申し上げます。

政治は誰のために

[ 2011年8月27日(土) ]

私たちになす術はないのだろうが、民主党の党首選びには腹が立つ。時間的余裕がないとのことで、国会議員だけで決めるそうだが、小沢一郎と鳩山宇宙人がまるでフィクサーの様な顔をして平気で登場している。

誰がしてもええことにはならんと言えばお仕舞いですが、候補者の中には期待したい人もいます。少なくとも、小沢や鳩山に操られない人が候補者であれば、それだけで安心することができます。大連立とハッキリと発言された候補者もいますが、私はスッキリしました。前原さんが成るか成らないかは別にして、男らしいと感じます。

献金疑惑とか偽メールとか、何億も裏献金を貰った人や、母親からお小遣いを貰った人には言われたくない。松下政経塾で志高い政治家を目指す修業をしたという事実を評価したい。原口さんも野田さんも、そういう意味では志高い政治家といえると思う。政治は誰にために行なうのか、私利私欲のためではなかろう。

今回の災害復旧や原発事故の始末についても、裏での調整会議ばかりが優先され、未だにゴタゴタしているのが実態です。事故を起こしていながら利権が絡んだ政争が繰り広げられたていたのではないでしょうか。原発事故の残土処理は大きな利権となることは間違いありません。

こんな日本に誰がしたとは言いたくない、はやし高正です。

神石高原町

[ 2011年8月26日(金) ]

今日は神石高原町に行ってきました。訪問の目的は、大きく二つありました。一つは、油木にある金光教油木教会にお参りすること。もう一つは、集落支援員の高原さんに会って意見交換をすることでした。

油木教会は、6月19日の油木高校の学園祭の時に始めてできたご縁です。私はご縁を大切にするタイプですので、今日もお参りさせていただきました。そして、移動して、神石三和にある神石高原町役場でお目当ての高原敬二さんに会うことができました。昨年行なわれた、人サポートネットワークで会っているはずですが、お互い、記憶にございません。

私のライフワーク的なことになりそうな限界集落対策の先進地が、神石高原町です。その先進地の集落支援員として頑張っておられる先駆者的な方が、高原敬二さんです。彼が、総務省の集落支援員事業とか地域おこし協力隊事業を、サポートというか、中心的に動かされているといっても過言ではないと思います。

今日はそんな事業の裏側というか、隠されたノウハウを盗みにお邪魔したのです。理解を超えるご縁で、高原さんともご縁でつながっていたのです。人類、みな兄弟ということがよ~く分かりました。ということで、一気に親しくなり、彼が永年苦労して得たノウハウを惜しみなく教えてくださったのです。(できる人は隠されません。ヨイショ)

地域おこし協力隊員さんとも話すことができましたし、町長とも意見交換することができました。「やるしかない」という町長のお言葉は、この前伺った海士の町長と同じ発想だと感じました。回れ右をすれば最先端の心意気で頑張りましょう。

まちなみ活性化ワークショップのコーディネーター

[ 2011年8月25日(木) ]

今日は午前10時から「議員全員協議会」が開催されたのですが、市長が出席しておらず、「執行者が召集しておきながら、出てこないとはどういうことか」に対し、「以後、気をつけます」という矢吹副市長の断りから始まりました。

私たちはどこで木村女史の採用問題がでてくるのかと待っていたのですが、高橋副市長も一向に言い出す気配もなく、何と、午前中で終わってしまいました。小谷議員が議長に、「新聞報道問題はいつ説明があるのですか」と質問しましたら、「終わりました」と議長が言うではありませんか。私は調整がつかなかったのだろうと勘ぐりました。

結局、12時をまわっていましたので、午後1時から「議員全員協議会」を再開することとなりました。腑に落ちない終わり方であり、その割にはあっさりと再開することも理解に苦しみました。1時からは市長が出席して再開されたのですが、何となく険悪な雰囲気を感じました。冒頭の挨拶で市長は、「中国新聞の記事は不愉快である」と始めました。

結局、市長もトップダウンで決めたと認めました。一本釣りであった。私から木村女史にお願いしたと。予算の流用についても認め、今後は補正で対応したいと。そして、市長から「少し軽率であった」との発言もありましたが、その軽率な判断で、本庁や支所の関係する職員は振り回されたのです。

正規の手順を踏んでおらず、市長という立場で実行した割には粗末千万な結末となりました。私も書いていて、バカバカしい限りですが、これでは、車の両輪ではなく、二人乗りのタンデム自転車です。勿論、後輪が議会です。

自分に向く欲望

[ 2011年8月24日(水) ]

鍵山相談役の「正しく生きる」を読んでいます。その中に、「欲望それ自体は悪いことではない」という小文があり、欲望が世の中の成長の原動力であったと書かれています。ただし、絶えず周囲を考えた上でのことであると。

過去形で書かれているところが残念なのですが、世の中を良くしたいというのも欲望なんです。広辞苑によると、「欲望」とは、「不足を感じてこれを満たそうと望む心」とあります。私のブログで物議を醸している問題ですが、対象が自分個人であるから問題になっているのではと思います。

一灯園の創始者である西田天香さんは、無所有の世界を目指しておられました。「無一物中無尽蔵」という言葉が有名ですが、正に欲望のない世界を天香さんは捜し求めておられたのです。自ら生きるのではなく、生かされて生きるという世界です。私が、私でないと、私だったらの世界ではなく、「ありがとうございます」の世界です。

東城のまちの中が壊れるようなことをごり押ししては駄目です。みんなの欲望が渦になって押し寄せているのではないでしょうか。一灯園の日めくりに「勢いで勝ったものは勢いで敗れる」というのがあります。また、「与えることを惜しまず 受けることを慎みたい」というのも。

とどめは、天香さん92歳の時に詠まれた、「物あつまらざるは恥なり 集めて己のものとするも亦はぢなり」。持ちかたです。