議会懇談会

[ 2010年5月30日(日) ]

昨日は、山での作業も大詰めということで遅くまで山にいたのでブログの更新が出来ませんでした。本当は昨日書くつもりだった、高野町での議会懇談会の様子を本日、書かせていただきます。

8時開会ということで、準備もあるので午後7時過ぎには会場入りしました。既に高野支所長がイスの準備を済ませておられましたので、住民が来られるまで3人で雑談をして待っていました。20分前ぐらいから、ボチボチと住民が来られ始め、8時開会の時点で16名となりました。それ以上の方は残念ながら来られませんでした。

野崎議員が議会改革の取組みなどの説明をマニュアル通りにされ、その為には、議会基本条例の制定が必要なんですと言われました。そして、質疑となる予定でしたが、誰も手を上げて発言されません。そりゃそうでしょう、聞いたこともない議会のことを話されても、第一、理解できない人が殆どだったと思います。

仕方ないので、野崎議員が知り合いの元町議(彼の後輩)を指名し、発言を求めました。そうすると、自分がしていた議員活動は町民に理解されていなかったのではと感じていると言われました。そして、議会報告会をお願いしますとも。二番手は、元教育長だったIさんが、本気で議会改革をしているようには感じられない。それは、広報活動がなされていないことに表れていると厳しく発言されました。しかし、反問権の付与はいいことだから、是非、条例に入れて欲しいと言われました。

野崎議員とも話したのですが、議会報告会をしながら住民の意見を聞くという方法がベターではないかと。次回はそうしたいものです。

これから高野

[ 2010年5月28日(金) ]

先ほどまで、学びの森で作業をしていました。山の日が近づいてきているので、あれもしなければ、これもしとかなくちゃで、頑張っています。全員がボランティアでしているのですが、無償の労働の喜びを感じています。

ということで、クタクタ状態で高野にお邪魔するのですが、高野の方々もお疲れのところをお集まりいただくのですから、シャンとしなければなりません。途中でユンケルでも買っていきますか。議会改革について説明し、質問を受けての議論となるのでしょうが、考えても仕方ないので、成り行き任せです。まあ、先輩議員の野崎さんに進行をお願いして、私は書記に専念です。

では、行って来ます。

議会改革

[ 2010年5月27日(木) ]

何度となく、「議会改革」については書いてきたことですが、今朝の中国新聞をお読みになった方も多いことと思います。庄原市議会議員が各地の自治会などに出向いて、議会基本条例の制定などの議会改革について自治会役員と懇談するというものです。

私は28日に高野町で自治会の役員さんたちと懇談の予定になっています。ご一緒するのは、野崎議員です。原則、出身地域には行かないということで、議会運営委員会の議員さんと一緒に行くスケジュールが組まれています。議会運営委員会で決められたことですから従いますが、少しばかり乱暴なやり方ではと思います。相手方からすると、議会改革はあなたたちの勝手でしょとなるのではないでしょうか。

議会で議論して練ったものを持っていくわけでもなく、皆さんのご意見を聞きましたという格好がしたいだけなのかと勘ぐりたくなるのは私だけでしょうか。議員定数について議論したことはなく、議員報酬についても政務調査費についてもしかりです。パフォーマンスと捉えられても仕方ないやり方です。私たち議員は、チャンとやるんだといってみたところで、これまで何をしてきたのかと言われたらギャフンですよ。

地域選抜選挙をやっているようでは、議会改革にはなりません。庄原市全体のことを考えて行動する議員・議会でないと、結局は市民が不利益を被ることになるのではないでしょうか。そのためには、自らを厳しく律する必要があります。それが、議会基本条例だと私は考えています。この基本条例でやりますと胸を張っていえるものを作る気が本当にあるのでしょうか。私はこの点が一番問題だと思っています。

人の心は分からない

[ 2010年5月26日(水) ]

意思の疎通の難しさを今日も感じた。理論だって話をすればするほど、理解できない、理解しようとしない人がいるように思えた。林が言うことは基本的に、「反対」の意思表示をされる人にはどう対処すればいいのだろうか。無視すればいいのか、説得すべきなのか。

私は前々から、嫌いな人とは会わない、話もしないと公言してはばからない男ですが、時として、自分の意に反して、嫌いな人に会わなければならないことが起きます。私のいう嫌いな人とは、価値観が共有できない人のことをいいます。だからどんなに話し合っても、議論しても、結論は別々に出てきます。私は良く、人の話を聞きなさいと言われますが、聞くと、納得しなさいとは別物ですよね。

皆さん、こんな経験はありませんか。兎に角、何につけても反りが合わない人と、たった二人で一部屋にいなければならなくなったのです。最初は、お互いに知らん振りでいるのですが、そのうちに世間話を始めます。ここで、「この人は、思っていたのと違う」と感じるか、「やはり、大嫌いなタイプだ」と思うのか。大抵が、「思っていたのと違う」だと私は感じます。

そして、理解できなくなるのが、他の人が加わったら、依存症になることです。そうなると、もう私は、この人とは話すまいと決めるのです。いこじだと言われようが、それが私なんですね。そういう人たちは、それが処世術と思われているのでしょうが、私にはどうしても理解できません。だから、人の心を分かろうとは思いません。唯我独尊と言われようと、この性格は変わりません。

当事者同士で解決できないのであれば、法律で解決していただきましょう。

カブトムシ

[ 2010年5月25日(火) ]

今日は、板橋さとやま学びの森にカブトムシを増やすべく、特製ベッドにカブトムシの幼虫を入れました。知り合いの方が、わざわざ神石高原町まで捕りに行ってくださった貴重品の幼虫ですから、何としても成虫になってもらいたいものです。

カブトムシの一番の天敵は人間だそうですが、山には、イノシシなどの獣が沢山います。ですから、今日も特製ベッドをトタン板で囲ったり、鉄筋を土に打ち込んだりしました。イノシシが目を付けたら、間違いなく全滅だそうですから、出来る限りの防備をしなければなりません。でも、どうなんだろう。今日も山にいたのですが、水槽で飼っていたフナが何物かに食われていました。

私たちが子どものころは、カブトムシは山に行けば結構簡単に捕れていましたが、今は、デパートで売っているのだそうです。ですから、笑い話みたいな話しですが、カブトムシが動かなくなると(弱る・亡くなる)、電池を入れ替えてくれと子どもが言ったとか。そんな時代だからこそ、本物を山の中で自分たちの手でとらせてやりたいのです。決して、デパートで販売するものではないことも。

山の手入れを始めたことは、「カブトムシを育てて販売しよう」だったのですが、そうではなく、「山をカブトムシの棲みかにしてやろう」に変わっていきました。山にいるとマイナスイオンの関係からか、不純な気持ちが消えていくようです。ですから、仕事もせずに、セッセセッセと山通いです。