さくら学園50周年

[ 2012年10月14日(日) ]

庄原市民なら、誰もが知っている「さくら学園」が、開所以来50年を迎えました。今日はそのお祝いが庄原グランドホテルで開かれ、大勢の関係者が集い、私もその中の一人として参加させていただきました。

昭和37年に開所されましたので、私が小学校に入学した時にできたことになります。さくら学園の運動会には板橋小学校の鼓笛隊として出ていましたので、当時の校舎やグランドを思い出します。板橋小学校管内から2名がさくら学園に入所していましたので、運動会での再会もありました。また、たまには学園から脱走していた様にも思います。

学園の近くには大型ショッピングセンターがありますので、健常者との接触の機会も多く、ノーマライゼーションとかの言葉が流行る以前から、知的障害者と何ら違和感なく共生していました。また、県立大学が開学した当時はアパートも不足しており、学園の寮に大学生が住んでいたこともあります。そんなことから、学園祭に大学生が協力する構図も出来上がりました。

国の福祉政策がころころ変わり、翻弄されるのは障害者であり、施設運営者なのです。今日の式典で感心したことは、施設にいる障害者の人たちも全員ではありませんが、式典に参加していたことです。考えてみれば、彼らが主役ですよね。彼らがいないと施設も必要ない訳で、職員も要りません。正に、共生社会の実践をしているのが「さくら学園」です。

CSシリーズ始まる

[ 2012年10月13日(土) ]

カープは失速してしまってCSシリーズ出場は叶いませんでしたが、今日からセリーグは中日とヤクルト戦、パリーグではソフトバンクとライオンズ戦が始まりました。カープの来季の目標はCSシリーズ出場とありますが、何で、優勝とならないのでしょうか。

カープファンは、最後の最後まで、CSシリーズに出れるのではないかとの思いから、奇跡を信じて球場に足を運んでいたのですが、どうにもできませんでした。選手も最後の最後まで手を抜くことなく、全力プレーで応えてくれました。残念でならないのは、大野ピッチングコーチの退団です。就任した時は4点台だった防御率も2点台になっていたのですが、「ケジメ」だそうです。

大砲が不在というか、気まぐれ大砲では戦えません。私は野球のことは殆ど分からないのですが、それにしても理解に苦しむ選手交代が多々あったと思います。終わってみればですが、堂林をあれほど意地の様に起用する必要があったのかも疑問です。先発ピッチャーは100球投げたら交代させなければならない明確な理由は何でしょうか。10球が、20球が、問題になるのでしょうか。

一般の野球ファンが理解に苦しむ選手起用や選手交代は極力しないで欲しいし、解説の方には、何故なのかという解説をお願いしたいものです。監督のミスだと思えば、ミスですというくらいの解説者でないと、聞く意味がありません。日ハムの栗山監督は、コーチ経験無しで、いきなり監督で優勝ですから、その秘密を探るべきです。誰もが、栗山ではダメだと言っていたそうですが・・・

来季は、カープ優勝でいきましょう!ぶっちぎりの優勝です!

断酒は問題なし

[ 2012年10月12日(金) ]

経過報告を兼ねてブログを書かせていただきます。肝臓の数値が相当に悪いので、断酒しなさいと医者から言われてしまったその後ですが、その日から一滴のお酒も飲んでいません。今日は以前から計画していた飲み会ですが、食べることに徹します。

それが、食べることに徹しますと書きましたが、食が細くなり、以前の様に食べれなくなりました。体重は1週間で1キロ減で、顔が自分でも細くなった感じです。今回は、肝臓に良いとされる大豆を採ることを心がけており、豆乳に納豆、豆腐をできるだけ食べるようにしています。以外ですが、シジミやレバーには鉄分が多く、肝臓にはあまり良くないみたいです。

この前の花火大会の時に仲間が私にこう言いました。「去年の花火大会の時も肝臓が悪くなったと酒が飲めれなくなっていたけど、懲りないね」と。そうなんですよね、正に懲りない私なんです。何で肝臓が悪くなるまで飲み続けるのか理解できないとも言われましたが、私にも分からないのですが、飲みだすと止まらないのです。

さて、断酒に話を戻しますが、一たびお酒を止めると決めたら、飲みません。人が何と言おうと、飲みません。だから不思議がられるのです。今回の断酒の特徴として挙げるなら、「眠い」の一語です。昨夜は、10時に寝てしまいました。でも、起きたのは6時30分ですから、寝過ぎですかね。多分、お酒による毒素がそうさせているのではないでしょうか。

純米酒「敷信村」の酒米が刈取りの時期を迎えたそうですが、新酒が出来上がるのは来春ですから、まあ、ええか (^O^)

市内を走り回りました

[ 2012年10月11日(木) ]

議会改革特別委員会として市内7か所で懇談会を持つことは既にブログに書いていますが、今日はそのお願いに、各自治振興センターを訪ねました。電話1本で会場手配だけしたのではあまりにも礼を失したものと思えるので、私と副委員長でご挨拶を兼ねて伺った次第です。

走行距離180キロ、総領から、庄原、東城、西城、比和、高野、口和とおよそ8時間かかりました。どこも自治振興区長さんが待っていて下さいましたので、恐縮の限りでした。政務活動費についてお話させていただいたのですが、直ぐにはご理解いただけない内容であったのも事実で、懇談会用の資料ができ次第に振興センターに送ることもお約束させていただきました。

自治振興区の役員は手弁当でやっているのだから、議員さんが自分たちで活動費をつけられるのはいかがなものかというご意見もいただきました。地域から議員を出さなければという意見をどう思われますかと聞かれ、答えに窮する場面もありました。そして、地域間での議員や議会に対する温度差を感じたのも事実です。

総じて、今日の訪問で感じたことは、議員というものや議会というものの存在意義があいまいであるということです。身近なものではないということだと思います。しかし、身近とはどの程度を身近と言うのかも問題です。自治振興と議員の立場について若干議論した場面もありましたが、お互いの理解の足りなさを感じました。

それにしても、今日は疲れました。喋りすぎて喉が痛くなりました。

立候補せず

[ 2012年10月10日(水) ]

予想通り、本日の議員全員協議会の席上、滝口市長が発言を求め、「来春の市長選には立候補しません」と明言されました。私は9月議会の一般質問で、「ジュオン問題のケジメをつけろ」と迫りましたが、残り6ヶ月でどうケジメをつけられるのか見極めたいと思います。

9月議会では6名の議員で事業中止命令と補助金返還命令を速やかに実施しろと発議しましたが、否決されました。その時の発議に反対した議員は市長と同じ考えだと私はブログに書きましたが、市長は次の市長選には出ないと表明されたのですが、発議に反対した議員で次回の市議選に出ないという人は今のところ僅か2名です。それどころか、次の市長には〇〇さんをと運動開始する始末です。

まあ、節操のないこと甚だしい。まあ、これが政治の世界と、知ったかぶりをしてみても、「明日は、あなたですよ」と言ってあげたい私です。ひょっとしたら滝口市長も、「あなたも辞めた方がいいですよ」と言いたかった議員が多くいたのではなかったのかなと思えて仕方ありません。「どうせ私の次は〇〇さんでしょうが、同じ穴のムジナですからね」って。

そうは言いながら、長年、滝口さんとは親交があった訳で、「ご苦労様でした」と言いたい気持ちは十分にありますが、冒頭に書きました様に、6ヵ月間で一定の成果を出していただきたい。決して、終わった訳ではありませんので。