これから消防議会

[ 2012年12月25日(火) ]

どうも理解できていないのだが、消防議会の役割が。三次市と庄原市の組合で運営しているから、制度上、組合議会が必要だということです。私は消防が広域で合併してとかいう気持ちは毛頭ありませんが、どうも、議会がと思えて仕方ないのです。

今年から、三次市議会からは女性議員が2名となりました。つまり、消防団に関係ない立場の議員といえます。消防職員にも女性がいますから、女性の立場からの発言が期待されるという話しでの登用なんて思われるでしょうが、それは関係ないみたいです。まあ、女性が居た方が良かろう程度のもののようです。本当にそんなもんみたいですから、分からん。

本当はもっともっと消防に対して見識ある方々が多くいらっしゃいますので、装備関係の部会とか、救急救命の部会とか、車両管理の部会とか、もっともっと専門性のあるアドバイザー的な部会を立ち上げるべきではないでしょうか?消防議会は中途半端過ぎると言いたい訳です。要は、予算執行にお墨付けをつけるだけの議会ではないでしょうか。

議員の経験年数が浅く表面上のことしか分からずに私が書いているのかもしれませんが、4年しても分からんとは、それほど難解な組織なのかも知れませんね。三次市の消防議員は普通の議員さんで、庄原市の消防議員さんは、「私が」という議員さんですかね。こんなことを書いていると、「辞めえ」と言われること、間違いなしです。

ビデオテープをDVDに!

[ 2012年12月24日(月) ]

時代は流れ、ビデオデッキが姿を消してしまい、ビデオテープが再生できなくなっているそうです。我が家にはビデオデッキが健在ですが、これから先のことを考えて、DVDにダビングすることにしました。折角ですので、懐かしのビデオを見ながらダビングしていますので、時間がかかります。

先ず、1978年4月16日の記念すべき結婚式と披露宴のビデオをダビング開始したのですが、何せ、35年から前ですので亡くなられた方々が多くいらっしゃいます。私の親爺と祖母、家内の親爺と祖母、伯父や伯母やご近所の方々と、それはそれは、懐かしの結婚披露宴です。私のお袋が今の私よりも若いから、ビックリです。しかし、ビデオテープはかなり劣化していました。

高町にある「かわせみの家」の夏祭りのビデオも懐かしいですね。今は禿げ頭になってしまった人たちが、毛があるから驚きです。自分たちが企画して行った祭ですが、市議会議員を数名呼びつけていたことが映像から分かります。「市会議員が何を言うか聞いてやろう」程度の乗りで
呼んだのでしょうが、生意気盛りの集団だったのでしょう。それが今では、分別あるおじさんに変身です。

ドイツ研修旅行のビデオも懐かしかったですね。今から16年前に行ったのですが、まるで今の事の様に思い出されます。文部省からの派遣事業だったのですが、日本各地から集まった各種ボランティアの人たちとドイツ各地のボランティア団体の人たちとが交流しました。丁度、東西ドイツが統一されて間がなかったので、非常に貴重な経験をさせていただきました。

という訳で、6時間かかって3本だけ、ダビングできました。

寒い!

[ 2012年12月23日(日) ]

雪が降るかと思ったら降らないけれど、外はやけに寒い。多分、今夜は雪になると思うけど、降雪量に関係なく凍結するから道は危険だ。例年のことだが、我が家の前の県道から側の田んぼに車が滑って落ちるのだ。ひどい時は車の上に車が乗ることもある。

笑えない本当の話ですが、天気予報で、高野町1か所を庄原市として発表していました。ですから、何度か、「雪は大丈夫か」という電話が遠方の友人からかかってきていました。確かに高野町は庄原市ですが、旧庄原市とは格段に温暖差がありますので、私たちは、「何でや」と思っていたのも事実です。でも、まあ、「仕方ないな」と思っていました。

で、ですね。近頃の天気予報は、庄原市は二か所の予報になりました。高野と庄原なんですが、この季節には絶対に二か所でないと困るのだそうです(すべての局で実施されているのではありません)。それは、備北丘陵公園のウインターイルミネーションの開催期間に、「庄原は大雪予報」では、大いに困るのだそうです。で、誰がお願いしたのかは知りませんが、二か所予報になったそうです。(これ、ホント)

雪の中のイルミネーションは幻想的で素敵ですが、雪が降り過ぎるとお客が来なくなるという、これも困ったものですね。

今年を振り返り part 2

[ 2012年12月22日(土) ]

本当は、何をしたのかあまり覚えていないが、正直なところです。毎日、忙しくていけなかったという程ではなかったと思いますが、今日は何をして過ごそうかと思ったことはありませんでしたね。それなりに忙しくしていたということでしょう。

昨日の話、「来年3月に三楽荘をまたも提案するそうだ」ということを聞きました。ジュオン問題も未だにどうなるのかも分からない状況でありながら、またも三楽荘だそうで、情けない話です。議会が一枚岩となっていれば執行者に対して毅然とした態度で臨むこともできますが、会派と言っても正に寄せ集めですから、ええことになりませんでした。

2期8年で合併後遺症が無くなったかと言えば、相変わらず「旧町は」の大合唱です。市の一体的とか、一体感の醸成とかの言葉は聞かれましたが、合併したというだけで、私は合併効果はどこにあるのか理解できません。そして、その責任の殆どは、執行者にあると思います。つまり、決められない政治を続けたからです。八方美人ではダメです。

突き詰めれば、つまらん議員のつまらん戯言を聞き入れるからこんなことになったのです。地元に何を持ち帰ろうとして取引をするのでしょうか。それは、自分の選挙運動に有利に働くと思っての行為なのでしょうか。そんなことですから、執行者もしたい放題を始めるのです。

次の市長に誰がなろうが、議会がしっかりしていなければ、同じことの繰り返しです。だから、議会改革を進めてまっとうな議会にする必要があるのです。

今年を振り返り part 1

[ 2012年12月20日(木) ]

議員活動として今年のトピックはと聞かれれば、間違いなく、議員定数の削減を挙げます。議会改革特別委員会で昨年6月から議論を重ねてきた議員定数問題ですが、今年3月議会で、25名から20名とする中間報告を行ないました。

更に、12月議会では、議員報酬は据え置き、政務活動費を月額3万円という報告をさせていただきました。これら3点が議会改革特別委員会に付託されたわけですから後は、条例案や規則案、使途基準案などを本年度内に詰めるだけとなりましたが、議会改革特別委員会のメンバーには大変お世話になりました。言い出したら聞かない委員長ですから、往生されたことでしょう。

議員としては充実した1年でした。産業建設常任委員会の委員、議会運営委員会の副委員長、議会改革特別委員会の委員長として、正に議員が本業でした。しかし、鼠径ヘルニアで春先に入院したり、飲み過ぎで肝機能が低下したりと、健康の有難さを実感した1年でもありました。お蔭で、術後の経過は良好ですして、禁酒と食事療法ですこぶる快調になりました。

残念で仕方ないことは、ジュオン問題解決の道筋がつけられなかったことです。「トンネル補助」なる業界用語を安易に信じた私が馬鹿だった訳ですが、こういう間違いを2度と起こさないためにも、更なる議会改革と自己変革を続けていく覚悟です。