― はやし高正が日々の気になる出来事に関することを書いています
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各地で選挙[ 2017年4月17日(月) ]
三原市では市長と議員の改選がありましたが、告示の1週間前に立候補を表明した元市議の市長候補が大健闘でしたね。世の中にはこんなこともあるんだと驚きました。そして、富山市の市長選挙の結果をみて、議会は機能していたのかと感じた次第です。
三原では、市長選挙が行われないのではと思っていただけに、突然の立候補者が現れた時には、「選挙はすべき」との民意を汲んでの立候補と感じました。私は市長選に出たことがないので、気持ちが分かるようで分からないのですが、「やむにやまれぬ」思いがあったのでしょう。でも残念なのは、もう少し早くに思いついて欲しかったですね。
今の政治は、透明性がないと無理です。小池さんが波に乗ったのは、都民ファーストという透明性の確保です。大阪の小学校問題はどうなったんでしょうか。何かあれば議員を辞めると大見得を切った人は、風雪に耐えていると昨日は言っていましたね。それにしても、富山市の市長は立派です。議会を当てにせずに自分で切り開くタイプです。
富山市がモデルとなったコンパクトシティー構想が各地で計画されていますが、周到な計画があっての成功事例だと思います。資料室に富山市の視察報告を載せていますが、実際に行って見ていただくと納得できます。市長自ら国内外に行って勉強し、職員もアイデアを出しながら共同作業を通して練った構想だからこそ、機能しているのだと思います。
林業再生[ 2017年4月16日(日) ]
選挙運動中に、県民の森から熊野神社に抜けたことがあるのですが、途中の山が禿山と化していたことに驚きました。木を伐りだす業者も、道沿いにある山なら楽勝ですから、そういった山から丸裸にしていくのです。
沿岸部に建設された大型のチップ発電所が稼働し始めているために、大量の材料が必要となってきています。取りあえず、木の出しが楽なところからと考えるのは誰だって同じです。問題は、その次です。どうして沿岸部にチップ発電所を建設するかですが、外国から材を輸入するためであることは明白です。日本の山からの材料供給は早晩行き詰まります。
ですから、私はドイツやオーストリアに伐採だけでなく、集材のやり方について勉強に行っているのです。今の日本のやり方を続けていたら、山には大型機械を入れる道ばかりでき、ゲリラ豪雨などにより二次被害が発生する可能性でてきます。更に悪いことは、山の奥の木はそのまま放置され、これも台風などや積雪により倒木、地滑りが起きてきます。
河川の堆積土問題が良く言われますが、山から流れてくるので、取っても取っても溜まります。植林して手入れしていない山の表土は流れていて、石ころだらけ状態となっています。じゃあ、どうするのか。山の管理ができるフォレスター的な管理者を養成する。これには、法律の整備も必要となります。自分の山でも勝手に伐採できなくします。
作業員も専門養成機関を立ち上げて、伐採や集材のプロとなっていただく。建築に関しても、日本家屋の良さを見直す必要があると思います。今日の新聞記事に、1年前の熊本地震では、日本家屋の置石方式と現在の工法では被害の程度はほぼ同じだったとありました。全国各地では、様々な林業に対する取り組みをされています。
何もせずに、「できない」じゃなくて、「できる」に変えていく行動を起こしていきます。
「山の日」[ 2017年4月15日(土) ]
【ひろしま「山の日」県民の集い】が今年も開催されますが、7年連続開催してきた板橋さとやま学びの森会場は、今年は、お休みということになりました。事情は色々あるのですが、モチベーションの低下が一番ですかね。
今から16年前から始まった、【ひろしま「山の日」県民の集い】ですが、今では県内15会場となりました。板橋さとやま学びの森会場が初めて参加した2010年は、9会場でしたので、毎年、1会場づつ増えた計算になります。「海の日」があるなら、「山の日」もあって良いじゃないと始めた訳ですが、昨年より、8月11日が「山の日」として祝日になりました。
「山の日」が制定されたので県民の集いは終了するものと思っていたのですが、6月第一日曜日で定着した県民の集いを終わらせるのは勿体ないという意見から、昨年も存続した経緯があります。しかし、これまで協力して下さっていた市内の各森林組合さんが、「山の日」が制定されたのだから役目は終わったということで、参加を辞退されたのです。
書いていたら事情を話してしまいましたが、私からすると、県民の集いという文言がありながら、県民の集いにはなっていないのが現状だと思います。「森づくり県民税」を導入している訳ですから、山に入って1日過ごすくらいの企画があっても良いのではないでしょうか。各地の会場任せで、県民の集いとは、言えませんね。
雑感[ 2017年4月14日(金) ]
今回の市議会議員選挙に関して感じたことを、思いつくままに書いてみたいと思います。先ず、自身の体力の衰えです。62歳という年齢は、4年前の私とは別ものになっていました。
4年前は、走り過ぎて足を痛めましたが、走れていました。さて、今年はというと、走りはしましたが、「よたよた」という感じで、足をかばっていましたし、走る回数は格段に少なかったです。次は、支援の仲間も確実に歳を取っていました。4年前は、1日中、車の運転をしてくれた人が、半日程度になっていました。
良かったこともあります。家内の姪御がウグイスで頑張ってくれたことです。人前で話すことが殆どない生活を送っていますが、これで、人生が変わるかも知れません。投票率のことですが、市長選が激戦でしたので、投票率は76%で踏ん張りましたが、市議会議員選挙は全く盛り上がりに欠けたものだったと私は感じています。
「市会議員は誰がなっても変わらない」という意識が市民の中にあるのではないでしょうか。私が言うと偉そうに聞こえますが、選ぶに足りる議員候補が少ないのも事実だと思います。挨拶だけは立派な議員とか、催しには良く出席する議員とか、冠婚葬祭は欠かさない議員とか、でも、何をしているかは分からない。
今は、水面下で議長選が進んでいますが、未だに、旧郡部で固まる的な行動をとっているグループがあります。というのは、この議員たちは、当選した市長を支援したから固まると言うから理解できません。私は懲りずに手をあげますが、苦戦しています。私は、旧庄原とか、旧郡部には一切関係なく、政策で一致する議員と手を結びます。
自ら茨の道を歩むことを選択するのが常で、「生き方が下手なはやし高正」ですが、4年間、本気で頑張ります!
整理が大変です[ 2017年4月13日(木) ]
選挙で多くの方々にお手伝いしてもらった関係から、家の中も選挙事務所も何がどこにあるのか分からない状態です。実は、私の自家用車のカギも分からなくなってしまい、予備キーを使っています。
これからボチボチと整理をしていくのですが、座布団を所定の位置に戻し、テーブルを片付け、襖を入れなければなりません。台所では、食器棚の中は様変わりしており、自分のお茶碗まで捜す始末です。しかし、組合の皆さんが善意でお手伝いして下さるのですから、有難い限りです。物が少々移動していることなんて、文句を言えばバチが当たります。
祈必勝の為書きから、祝当選の為書きにと付け替えたり、雨合羽や腕カバー、手袋の整理と、切りがありません。家内は、会社の仕事と母親の世話がありますので、私ができることは少しでもと思って頑張っています。どの候補者だった皆さんも同じことをされていると思いますが、結局は、やった人間でしか片付けられません。
選挙関連の書類の提出準備もしなければなりませんが、これは、慣れた事務局長が処理してくれていますので助かります。今回の選挙でお手伝いして下さった方々の延べ人数は、一体どの程度になるのでしょう。準備段階からいうと、本当に相当な数になると思います。よって、庄原市の活性化に一定の貢献をしたものと考えられます(人が動くという現象により)。
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