― はやし高正が日々の気になる出来事に関することを書いています
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困ったときの みやざき中央新聞[ 2019年10月10日(木) ]
今日のブログネタはと考え始めると、書けなくなってきます。そんな時は決まって、「みやざき中央新聞」を読み返してみることにしています。そうすると、「そんな考え方もあるのか」と、凄く楽な気持になるのです。
アーカイブスコーナーにあった今から9年前の水谷編集長の記事ですが、声を出して笑ってしまいました。フォークグループ「海援隊」が売れない時期のエピソードです。今までで一番やりにくかったコンサートは、とある特別養護老人ホームでの慰問コンサートだったそうです。最前列に4台のベッドが置かれ、目を閉じて動かないまるで遺体のような前で歌っていたそうです。
そうすると、その中の1人の目が開き、首を90度起こし、武田さんの方を向きこう言ったそうです、「ちょっと静かにしてください」。その他にも面白い話がありましたが、苦い思い出を笑い話にできるようになるということは、挫折や苦悩は更なる成長のためにあるのだと結ばれていました。この記事に興味を持たれた方は、「みやざき中央新聞」?で、見本誌をお願いして下さい。
私がこの新聞を購読するようになったのは、友人からの勧めでした。面白いから読んでみなさいと言われましたが、不思議な新聞でした。新聞といってもポスター程度の大きさの裏表だけの紙面という、「大丈夫かいな」という感じですが、記事はほんわかと温かいものばかりで、直ぐに虜になってしまいました。
月4回発行で、1か月1,000円とう低価格(送料込み)でもあります。新聞社の手先ではありませんが、広めたい気持ちです。
草刈り問題[ 2019年10月9日(水) ]
昨日の獣害問題も元をたどれば草刈りに行きつきます。私が子供のころは、どの家でも和牛を飼っていましたので、山草や畔草は競って刈って持ち帰っていました。ですから、山の中も田圃の畔も本当に見事なほどきれいに保たれていたものです。
山草は牛の寝床になり堆肥となり、畔草は牛の餌になっていました。草が生えない時期は稲わらを牛舎に敷いたり、カッターで切ってふすまを混ぜて餌として与えます。ふすまは購入しますが、その他は全て自然循環から手に入れたものばかりでした。甘藷やカブなども小さく刻んでやっていましたね。これらは子供の仕事でした。
当時は、イノシシもシカも全くいませんでしたし、山の中で見かける動物は、野ウサギやキツネくらいだったと思います。たまにイタチが悪いことをしたりしていましたね。亡くなった祖母の弟が鉄砲を撃っていましたので、冬場にイノシシの肉や野ウサギの肉を貰って食べることがありましたが、本当に貴重品でした。それと、卵を産まなくなった鶏も胃袋に収まっていました。
話がそれてしまいましたが、今の様な荒れた田圃や山は皆無でしたね。里山の木は燃料ですし、落ちている枝などを集めるのは子供の仕事でしたから、裸足で山の中を歩けるほどでした。獣と住み分けができていましたから、里に出てということはなかったですね。ということで、農林業の衰退により草刈りをしなくなったけど、景観の観点からと獣害対策から草刈りをしなければならなくなっている現実があります。
農文協の雑誌に、これからはリモコン式草刈り機の時代かも知れないという記事がありましたが、凄い勢いで普及すると思います。デンマーク製の機械ですが、これなら里山の下草刈りにも使えそうです。
獣害対策[ 2019年10月8日(火) ]
イノシシ対策で山のバッファゾーン整備を行いましたが、集落の半分は未だに木が生い茂っています。この冬に残りの山もバッファゾーン整備の予定としていましたが、今度はシカが出没し始め、野菜作りを止めようかと悩む人もいます。
我が家の田圃にもシカが入りました。最初は、イノシシだろうと思っていたのですが、田圃の中に入って運動会ではなく稲を所々倒しているので、シカという判断になりました。恐らく飼料米のために稲穂の味が悪かったのでしょう。冒頭にも書きましたが、僅かな自家菜園を全て食べられた人もあります。
恐らく、シカは備北丘陵公園付近で繁殖しているのではないかと思えます。シカの経路をみると、公園周りから県大通りを渡り、池内地区の山に入って私たちの集落に来ているみたいです。ですから、イノシシのバッファゾーン整備よりも広範囲に山を整備しないと効果は低いのではと考えられます。
以前、京都府日吉町森林組合の視察に伺った時、傍を車で走っても逃げもしない多くのシカがいることに驚きましたが、このまま対策もせずに放置しておけば、ドンドン増えることは間違いありません。ここ近年の安芸高田市や三次市のシカの捕獲頭数はうなぎのぼり状態ですからね。悠長なことは言っておれないので、早速、安芸高田市にシカ対策の勉強に行きます。
私たちの基本的考え方は、捕獲ではありません。環境を整備しながら、人間と獣の住み分けを実践していきたいと考えています。そうしないと、シカの次はサル、サルの次はクマと、動物ワンダーランドが出現してしまいます。
会派勉強会でした[ 2019年10月7日(月) ]
今日は定例の第一月曜日の会派勉強会でした。いつもは夜にするのですが、今日はお昼をいただきながらの勉強会となりました。内容は、新年度予算に対する会派要望をどうするかだったのですが、あくまでも要望だねってことになりました。
これまでの会派要望を見ながら協議したのですが、過去の要望の成果らしきものは殆どなく、「要望する必要があるのか」という意見も出たりして何とも盛り上がらない会派要望のとりまとめになりました。つまり、「言っても無駄」と諦めているのが現状です。となると、自分たちの意見は新年度予算案の審査に反映させていただきますとなります。
「議会は何をしているの」って言われないためには議会の役割を果たさなければなりません。市議会は議決機関と呼ばれていますが、市政の方針や行政が公平かつ公正、効率的に運営されているか、執行機関が行う事務や事業などをチエックしています。一方、同じく住民から選挙で選ばれた市長は執行機関と呼ばれ、実際の仕事を進めていきます。これが二元代表制です。
アメリカのトランプ大統領と比較することはできませんが、市長は市民と約束した市政運営を進めることが選挙公約の履行になります。そのためには全身全霊をささげる覚悟がいると私は考えます。正に佐々岡さんの監督就任挨拶ですが、そうでないとカープの監督にはなれません。ファンあってのカープは、市民あっての市長ともいえるのではないでしょうか。
緒方監督辞任[ 2019年10月4日(金) ]
3連覇した名将といえる緒方監督ですが、優勝できなかったことは彼にとっては耐え難いことだったのでしょうか。何かどこかで歯車が狂ったのでしょうが、勝つことが当たり前と言われることの重圧に監督も選手も押しつぶされたのではと想像します。
丸が抜けたことはそれほど影響を与えることではなかったと私は思います。冒頭にも書きましたが、勝つということの重圧は我々が想像できない程のものだったのでしょう。3連覇したカープの勝ち方は、ファンと一体化した勝利が多かった様に思います。ひょっとして応援さえもプレッシャーになったのかも知れません。
選手も気持ちが空回りというか、勝たなければという気持ちが動きを抑制した感じさえ受けます。そんな中で唯一成長したのが鈴木誠也ではないでしょうか。追い込まれても泰然自若としたスタイルには前田以上に隠された気迫を感じました。彼がいたから何とかこの程度で踏ん張れたのかも知れません。
だったら何故、緒方監督が辞任する必要があるのかですが、日ハムの栗山監督は続投が決まり来期で9年目と比較すると、派手さがない地味な監督ということが言えます。大型補強する訳でもなく、育てながら使うという球団方針は理解できますが、絶対的といえる選手は先ほども書きましたが、鈴木誠也だけという貧相なものです。
最後はお金の話になるのかも知れませんが、「浪花節だよ人生は」では、モチベーションはあがりません。丸が巨人にとなれば、「4億出しましょう」では、他の選手も、「カープ球団はこの程度か」と見限ったのかも知れませんね。
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