新人議員を激励

[ 2025年4月15日(火) ]

明日が議長公務最終日ですが、広島市内である広島県市議会議長会に出席するため、実質は今日が最後の登庁となりますので庁内の挨拶回りをさせていただきました。そして午前10時からの新人議員研修会で、皆さんに激励の挨拶をさせていただき、市役所を後にしました。長い様で短い20年間でした。

新人議員8名が揃っていましたので、「初志貫徹」という言葉で激励しました。自分のことを自分で言うのも何ですが、私はブレることなく20年間の議員活動を行ってきたと自負しています。鍵山秀三郎さんに出会い、「凡事徹底」という言葉を座右の銘としておりますが、小さなことができないで大きなことはできない訳です。

先ずは自分が得意とする分野を早く見つけるべきと考えます。行政は多岐に亘っていますので、短期間に全てを理解することは無理といえますが、学生時代に好きな教科があった様に自然と自分にフィットする分野が出てきます。選挙期間中に訴えていたことと違うことだって私は構わないと思います。

「好きこそものの上手なれ」で、得意分野が確立してくると他の分野も理解できる様になってきます。「満遍なく」なんてことではええことになりません。あれもこれもと気は焦るけど成果は何も得られなという現実が待ってます。これまでそんな議員さんを多く見てきました。

さあ、これからが本当の勝負です!議員活動を採点する仕組みを私は考えたいと思っています。選挙運動で優劣がつく制度を根本的に変えたいというのが私の願いでもあります。

新市長誕生

[ 2025年4月14日(月) ]

報道でご存知の通り、庄原市の新市長が昨夜誕生しました。来賓として報告会に呼ばれていましたが、会場の熱気に圧倒されました。それはもう、歓喜の渦というか、新市長の胴上げまであり、爆発していました。

これほどの祝勝会は経験がありません。市内各支部から支持者の人たちが集まってきており、握手、握手、感極まって泣いている人も沢山いました。同級生グループは新市長と記念撮影をしたりハグしたりしていましたが、本当に良く頑張った同級生たちです。新市長の嫁さんや息子たちも頑張ったので、号泣していました。

先ほどもNHKのお昼のニュースで映像が流れましたが、笑顔、笑顔ばかりでした。願わくば、もう少し毛が欲しいと思ったのは私だけでしょうか。冗談はさておき、今日は当選付与式に出席して、17日に初登庁となり、市長公務が始まりますが、当面は各方面への就任挨拶が続くと思います。

得票数に市民の期待の大きさが現れていると私は感じています。その期待に応えるには、「変わったね」と実感できる庄原市にしていかなければなりません。八谷恭介新市長、全力で走り抜けて下さい。

 

私の任期も残り1週間です

[ 2025年4月10日(木) ]

議長任期は4月16日までです。その最終日に広島県市議会議長会が広島市内で開催され、庄原市の議長が県の副会長に就任することになっているのだそうです。その1日副会長が宴席で乾杯の発声をするというからお笑いです。

これもお役目ですから仕方ないのでしょうが、4月16日を選んで議長会を開催した訳ではありません。たまたま、巡り合わせですが、県内の議長さんたちに引退を祝っていただけると思いますので、誠に光栄な日とも言えます。波乱万丈の人生で議員となり、最後の最後に議長となり、更にその最終日に議長会で副会長となります。

こうして考えるに、私は運が良いのだと思います。松下幸之助さんではありませんが、「運が良い」と絶えず言っていると、何が起きても「運が良い」になるみたいです。鍵山秀三郎さんは、「人が喜んで下さることが、我が喜び」という人でした。ただお二人に共通していることは、「自分に厳しく」ですね。

私もこのお二人に一歩でも近づきたく生きてきたつもりですが、ほんの少しだけでも真似れたかなと思います。さてさて、選挙戦も残すところ後2日となりますが、「人事を尽くして天命を待つ」ですね!

久々のブログ更新です

[ 2025年4月9日(水) ]

選挙戦が始まりました。家内が、「内へは誰も来てんない」と言っていたら、昨日は次々に候補者がおいでになったそうです。私が候補者の皆さんに、「街宣の時のトイレ休憩はどうぞ」と伝えた効果みたいです。

私も選挙中にトイレを探して右往左往したことがありますから、下半身の安全を守る厳しさは理解しています。しかし、以前に比べると随分と公衆トイレの数は増えてきていますから、よっぽどの山の中に行かない限りは大丈夫みたいです。昨日の候補さんたちは、一種、合法的選挙運動もあったものと思えます。

冗談はさておき、今年の選挙の特徴というか、街宣車に軽四を使う人が増えた感じを受けます。それと、市長選の街宣車には伴走車が前後についていますが、市議選では伴走車がいない候補も多くなりました。多分、人が手当てできないのだろうなと想像します。土日なら何とかなるけど、平日は勤めの人には無理ですからね。

もう一つの特徴は、電話がかからなくなりました。これほど携帯電話(スマホ)が普及すると、固定電話のない家庭だったり、留守電にしている人だったりと、電話作戦は廃れました。それに代わるのが、SNSです。多くの候補者が繋がりがある人たちに活動をアップしてくれますので、ポスター掲示板よりは有効と思います。

今日が選挙戦中日ですが、疲れも出てくる頃です。お体に十分注意して後半戦を戦って下さい。呑気なおじさんより。

「奇跡の復活」続編

[ 2025年4月3日(木) ]

8年前の私のブログ、「奇跡の復活」を先ずは読んでみて下さい。その続編をこれから書きますが、8年も経ったのかと自分でも感慨深いものがあります。3月1日で満102歳となった母親の物語です。

あれから色々なことがありました。99歳の時だったか、大腿骨を骨折し自分で移動することは困難となりました。担当の先生がこれほど高齢の患者さんを手術したことはないけど、手術しか痛みを取る方法はありませんと言われましたので、「宜しくお願いします」と即答しました。

コロナ禍でもあり、術後も面会できない期間が相当ありました。これでこのままお別れかと思ったのも事実です。歩けるようになるとは思いもしませんでしたが、リハビリに励んでいると聞いた時には驚きましたが、何とかポータブルトイレは使える様になりました。ど根性です。

そして、2023年3月1日に満100歳を迎えることができ、通っているディ・サービスで盛大に誕生パーティーをしていただき、感謝感謝の1日となりました。あれから2年が経過し、今でも週に3日行かせて貰っていますが、いつからかは忘れましたが、午後4時までは体力が持たないので、午後1時に迎えに行くようになりました。

骨折後は、中古の福祉車両を購入して便利良く活用しています。敢えて母親の話題にしたかですが、たまたま私のブログ最下段にある「〇〇年前にはこんなことがありました」に出ていた「奇跡の復活」を、何だったかなとクリックしたことで、ブログもそろそろ閉店ですから、元気に頑張っている母親の話題としました。

読み方としては、赤字部分をクリックして「奇跡の復活」を読んでいただき、終わると左上の青いホームをクリックして戻って下さい。