― はやし高正が日々の気になる出来事に関することを書いています
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各地で新年互礼会[ 2026年1月6日(火) ]
昨日は全国各地で新年互礼会が開催され、その様子がテレビニュースで放映されていました。大都市の互礼会は参加人数も数千人規模で、大企業の社長たちが年頭の所感を述べられていましたが、株価の話が多かったですね。
アメリカのベネゼエラへの侵攻についてのお話は殆どなく、アメリカの言いなり日本国であることを改めて認識したところです。それにしても、過去の歴史がどうであったかは別にして、突然に攻め入り大統領夫妻を拉致してアメリカ本土に移送するとは、映画の世界の話かと思いましたが、現実に起きました。
報道によると、アメリカは1989年パナマに大規模な軍事侵攻をし、ノリエガ将軍を拘束してフロリダ州マイアミに連行し裁判にかけ収監しました。今回のベネゼエラ侵攻はノリエガ将軍の時と非常に酷似しているとの指摘があります。この時も軍事侵攻について賛否があったそうです。
昨日の庄原商工会議所の互礼会の来賓の挨拶に、「中国の習近平、ロシアのプーチン、そしてアメリカのトランプの3人で世界を支配しようとしている様に感じる」とありましたが、私もそんな気がします。アメリカは、アメリカの裏庭に蔓延る共産主義を排除するためにベネゼエラへの軍事進攻を行ったと思えます。
キューバを無力化し、次はベネゼエラ、その次はコロンビアと続くみたいです。しかし、アメリカがやったことはロシアや中国がやっていることと遜色ありません。が、国連でロシアも中国もアメリカは国際法を破ったと非難しているから呆れます。
今日は商工会議所の新年互礼会[ 2026年1月5日(月) ]
我社は庄原商工会議所の会員ですが、議員時代の20年間は何となく居心地の良くない感じの新年互礼会だった気がします。特に選挙の年の互礼会は一種、憂鬱でもありました。しかし、今年からは気兼ねすることはありません。
選挙イヤーには、「今年は選挙ですね」って言われると、分かっていることを聞くなやと言いたくなるのをぐっと堪えて、「宜しくお願いします」と頭を下げていましたが、昨年の選挙イヤー互礼会では、「お世話になりました。70歳定年で議員を辞めます」と、何かが吹っ切れた感でしたね。
今年は丙午で、景気は高市総理の掛け声では良くなる方向みたいですが、「熱すぎる経済」によりインフレの再燃や金利上昇への警戒が必要との見立てもあります。前回の丙午は1966年でしたが、「いざなぎ景気」が始まった年で景気浮揚に期待がかかりますが、一筋縄ではいかないでしょう。
大企業は好景気に沸いていますが、問題は中小零細が元気になっていないことです。我社を例にお話しすると、ギャンブルしなくなっています。新たなことに挑戦する勇気がありません。原因は私が政治の世界に身を置いたことです。働きさんたちが頑張ってくれましたが、挑戦はありませんでした。
浦島太郎状態から脱却するために必死にもがいていますが、時代はAIとなってきています。我社は完全なアナログ商品を扱っていますが、時代にあった商品を市場にどれだけ供給できる体制にもっていけるかが、鍵となります。そんなヒントが互礼会でいただけることを期待して参加してきます。
明けましておめでとうございます[ 2026年1月3日(土) ]
2026年1月3日です。今年の年賀状は想像以上に少なかったが、「今年で年賀状を止めます」という人は多かった。一方、LINEで新年の挨拶をする人は確実に増えている。本当にこれで良いのだろうか。
1年に1回だけ、年賀状のやり取りをしている人たちから来る年賀状にはほっこりします。「議員活動、ご苦労様でした」という文章に「ありがとうございました」と返事をする自分がいます。LINEでは味わえない人情の機微というものではないでしょうか。
確かに郵便料金が高くなったことで「止める」という決断をされた方が多いのでしょうが、経済の好循環が生まれる様であれば、年賀状の復活もあるのではと思います。物価の基礎であった米価が異常に上昇したことで、ものの価値という判断基準に変化が生まれたとも考えられます。
今年も隣国である中国とは政治的には厳しい環境が続くと思います。政治に続いて経済活動も冷え込む様であれば、日本は益々苦境に立たされます。その打開策として防衛産業の育成を政府は考えているみたいですが、軍拡は抑止とはならず歯止めが効かなくなり、矛盾が表面化していきます。
さあ、どんな2026年となるか?
合併20年の検証[ 2025年12月31日(水) ]
私は来年1月10日に開催される敷信自治振興区新年互礼会で20年間の議員活動についてお話することになっています。そのために過去のブログや資料等を読み返しているのですが、合併20年の検証をすべきと考えます。
20年間の最大の汚点は、ジュオン問題です。庄原市が支払ったジュオン問題関連経費の詳細は公開はされていません。国に返還した2億3800万円だけがクローズアップされていますが、問題解決(引き延ばし)のために農林振興課より林業振興課を独立させて職員を配置しましたが、隠れ蓑的であり、決して林業振興にはなっていません。
私が議員に立候補した動機である、「自治振興によるまちづくり」を「行政に頼らにまちづくり」に衣替えしてみてはどうかと思っています。最終的には、独立して敷信村に戻してみたい。大阪都構想ほどの大それたことではなく、住民自治が可能な範囲は村でやるという仕組みの導入です。永久の夢であるかも知れません。
これからもっともっと問題視されることは、合併20年の検証とは、「合併のその後はどうだったのか」という検証が必要となります。できるだけ速やかに行うべきです。これこそ行政に頼っていては庄原市は潰れてしまいます。平成の大合併は掛け声だけが先行した大失敗事例ではないでしょうか。
少し辛口で書きましたが、現実を直視する勇気を持ちましょう。「長い物には巻かれろ」、「寄らば大樹の蔭」よりも、「遠くの親類より近くの他人」である住民自治こそが国の礎だと私は確信しています。2025年は本日で終わりますが、2026年はうまくいくことを願っています。はやし高正は走ります。
最大の思い出[ 2025年12月28日(日) ]
過去2度、市長選を応援しながら自らの市議会議員選挙を戦いました。1回目は市議選2期目で候補を擁立して市長選に臨みましたが、私の力不足で破れました。自身は首の皮一枚の最下位当選でした。
2回目は5期目でしたが、市長選は善戦しましたがまたも敗れました。自身は878票13位当選でしたが、殆ど市長選の応援をしていた状況を考えると良くぞ当選といえます。これまでの市議会議員としての活動が評価された結果であったのかなと思いましたが、実は、「今期で引退する」と決めていました。
私が議員を引退することは西田さんのチラシの裏を読まれた皆さんは早くからご存知だったと思いますが、議員活動総仕上げの4年とする覚悟でした。幸いにも最後の最後で議長に就任することができまし、コロナも収束し制約もなくなりましたので徹底的な議会の情報公開を進めることができました。
市民と語る会「井戸端スタイル」の導入、「議会だよりWEB版」の発行、3常任委員会正副委員長との定例意見交換、議長の動き(公務)の全面公開等、議会事務局と一体となり推進していきました。議員からすると、「うるさい議長」であったと思いますが、「出来ることは何でもした」最後の議会活動でした。
そして、最大の思い出は、3度目の市長選で勝利したことです。最高の勝利で最後の議員活動を終えることができました。
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