北朝鮮問題とアメリカ

[ 2017年12月14日(木) ]

次々とやってくる北朝鮮の難破船。船の処理費は漂着した自治体が負担するそうだが、遺体はどうするのだろうか。怖いけど、ひょっとしたら、我々が気づかない内に日本国内に潜伏している、自称「漁師」がいるかも知れない。

ここにきて、急にアメリカが北朝鮮との対話を模索しているのではという報道が昨日辺りからされ始めた。その発信源が更迭予定のティラーソン国務長官だから、「本当に」と誰もが感じているみたいだ。誰も戦争は起こしたくないと思っているが、あの人は、追い詰められれば何をするか分からない。核弾頭の開発が完了するのは時間の問題かも。

中国の中朝国境付近では難民受け入れ施設が着々と準備されているとの報道もあります。しかし、北朝鮮情報は錯そうしており、経済制裁はそれほど効果をあげていないとか、貧富の差が拡大しているとか、軍の規律が低下しているとか、全く想像できない世界です。本当に怖いのは、大韓民国ではなく、中国とロシア、日本ではないでしょうか。

アメリカと強固な同盟関係と言い続けている日本が一番危ない可能性もあります。一切役に立たないJアラートを未だに実験したり、迎撃実績の殆ど無いイージスショアを購入したりと、アメリカの言いなりの日本で大丈夫でしょうか。アメリカは裏では中国と手を結んでいる様な気がしてなりません。だとすれば、日本はアメリカの属国ですね。

寒い

[ 2017年12月13日(水) ]

昨日、やっと乗用車のタイヤを夏用から冬用に交換しました。そうしたら、今朝は積雪はありませんでしたが、寒かった。会う人会う人、「今日が一番寒い」って言われましたが、どうなんでしょう。

私も含めて屋外を歩くことが非常に少なくなっている現代の生活スタイルを考えると、外にちょっと出ただけで、「寒い」となるのではないでしょうか。都市部に比べると車での移動が殆どですし、家の中の普段着で車に乗りますからね。そんなことを総合的に考えると、「今日が一番寒い」って会話になるのかなと思った次第です。

それと、風が吹くと寒さが身に染みます。北朝鮮の漁船が日本海を漂流していますが、相当に根性があるのか、軍の命令だからか知りませんが、私にはできない業です。こう書きながら思い出しているのですが、小学生時代は雪が降ると必ず外で遊んでいました。竹スキーやそりを自分で作って真っ暗になるまで滑っていました。

今にして思えば、良く作っていたなと感心します。竹を伐って、割って、火であぶってまげてと。今はホームセンターでプラスチックでできたそりを売っていますが、子供の頃は何でも自分で作っていました。雪が降ると竹馬に乗っても遊んでいましたね。中には、危険極まりないのですが、池に張った氷の上を歩く猛者もいました。

どうも気が乗らない

[ 2017年12月12日(火) ]

ブログを書きかけて止めることが増えた。止めるというよりも書けないことが多くなったというのが本当のところです。日曜日、月曜日と二日連続で書けなかった。当り障りのないことを書こうとするからかも知れない。

議会のことを書くと、「天に唾する」こととなりはしないかと思い、控えてしまう。以前なら、「また林が吠えている」と言われることが一種快感でしたが、今は、「4期も議員をしていながら、何も変えられないじゃないか」という自責の念が強くなってきたのは事実です。議会改革と口では言いながら、何をしたのか。

自分の力不足を、執行者を責めることでごまかしているのではないか。自分の力不足を執行者に擦り寄ることで、「これが議員だ」と錯覚しているのではないか。心の中では、「働きもしない職員」と思っていながら、「良く頑張っているね」って更に追い打ちをかけている自分がある気がする。

今回の一般質問は、「地域おこし協力隊」について質すのですが、過去は、「導入しなさい」から始まり、導入したら、「誰が責任者」って、統一した方針が見えないことに苛立ってきていましたが、原点回帰のつもりで質問することとしています。でも、気が乗りません。議会も執行者側も閉塞感に苛まれている様に感じるのは私だけではないと思います。

各種講演会や各種イベントが連続して行われていますが、職員は疲労困憊だと思います。これって本来の業務でしょうか。働き方改革と政府は言っていますが、庄原市役所も改革しましょう。定時出退できる体制を作りましょう。結論の出ない会議は止めましょう。自分で決裁できない管理職は退場しましょう。

少し元気がでてきた気がする。

埋蔵金

[ 2017年12月9日(土) ]

全国の自治体が基金として貯めたお金が21.5兆円からあることが総務省の調査で分かりましたが、その内の5兆円余は不交付団体の東京都なんです。財務省は、これだけ貯めているなら交付税を減らすぞって言うんだそうですが・・・・

単純に思うこと①どうして東京都にはお金が集まるの?地方に配る方法はないの?②将来に備えて貯金してどこが悪いの?生活保護費と同じ解釈なの?という様なことを書きながら考えました。お金のない貧乏市町に生まれ育ったら貧困からの脱出は無理なのでしょうか。国にお金がないから地方への仕送りは止めるのですか。

衆議院選挙の公約だと○○革命で予算を〇兆円、○○改革で予算を○○億円なんて記事が紙面を賑わせていますが、その裏では、勝手に貯めたお金だからけしからんとばかりに、交付税を減らすぞってすごんでいます。地方を向くと言っていた安倍総理はどうなったのですか。田舎はどうでも良いと思っているんだろうと言われても仕方ないですよ!

問題は、お金の使い方です。努力して貯めたお金(税金)ですから、市民の役に立つ使い方が一番です。市民を置き去りにした様な使い方をしたら市民は庄原を逃げ出します。昨夜のNHKテレビで放映された邑南町に若い家族が押し寄せているのは、定住の仕組みが出来てきているからではないでしょうか。異論反論はあると思いますが、動くことが一番です。

意見交換

[ 2017年12月6日(水) ]

今日は、ある人物と意見交換しました。彼とはこれまで、世間話をする程度の付き合いしかしていなかったのですが、初めて本音でお互いの考え方などについて意見交換しました。ふるさとを愛するナイスガイだと分かりました。

別件で来たのですが、「私と話をしてみたい」的な感じを受けたので、「まあ座りんさいや」と促しました。実は、彼のお爺さんとは結構親しくさせていただいていたので、話していて、やはりお爺さんの孫だなと感じました。お爺さんは、「万年青年」と呼ばれていた程の人で、行動力は死ぬ間際まで衰えませんでした。

彼は高校から他県の学校に出ていたそうですが、ふるさと庄原に帰ることは至極当然と考えていたそうです。それは、幼少期から中学生までを目一杯、ふるさとの野山を駆け巡っていたことが、ふるさとは大好きだと深層心理に記憶されていたからかも知れないと言っていましたが、非常に興味のある言葉でした。

私も幼少期からの記憶が鮮明に残っている方で、都会では暮らせない人でした。彼とは農業に関しても意見交換したのですが、「庄原市の農業に対する本気度は低い」と感じているそうです。何をして低いのかですが、生計を立てられるものでないという認識だと思います。次回は、一杯やりながら続編をすることを約束して別れましたが、早く実現したいですね。