田植え終了

[ 2012年5月5日(土) ]

午前8時30分に作業を開始し、11時には終了という早業でした。私は苗運びをしたのですが、今年の苗は根の張りもよく欠株もなく植えていましたので、収量が約束された感じです。

やはり光線過敏症の症状が出てきています。UVカットのクリームを塗っても100%は防げませんし、帽子を被っても田んぼからの照り返しがきついので、下から日焼けします。手袋はUVカットではなく、作業用のゴム手袋をしていたのですが、やはり手の表面が赤くなってかゆいです。段々となれますからと先生は言われましたが、慣れませんね。

今日は北海道出身のお兄ちゃんがお手伝いしてくれたのですが、私の田靴が入らないので長靴で田んぼに入っていました。ときどき写真日記に田植えの様子を載せていますが、彼は生まれて初めて田植えをしたそうです。彼は何にでも興味があり、質問をしてきます。私たちとっては、当たり前ということが、彼には納得がいかないみたいです。

それと、言葉の壁があるというほどではありませんが、庄原の言葉で理解できないものがあるみたいです。北海道は標準語と言われていますが、彼は函館生まれですが、函館は青森県からの移住が多い関係から青森の言葉に近いのだそうです。北海道の色々なお話を聞いていると正に、所変われば品変わるだなと感じました。

明日は田植えです

[ 2012年5月4日(金) ]

昨日はお昼から友人たちと焼き肉をして飲み過ぎてしまいました。軽くお昼を食べようということだったのですが、やはり振りがつくとブレーキが故障します。結局、気がつけば酔って寝ておりました。

このメンバーで飲んで、「終わりにしましょう」とは中々なりません。それぞれが結構こだわりを持った人間たちですから、焼酎ならこれで、水はこれという感じです。私も飲むビールはこれと決めていますから、似た者ではあります。しかしいつもながら良く飲みましたが、屋外でのBBQパーティーは最高です。

ということで、昨日はブログの更新ということにはなりませんでした。一応、パソコンの前には座ったのですが、そのまま眠りに落ちてしまいました。これも自然体でということでお許しいただきたいと思います。ところで、明日は田植えなのですが、光線過敏症の私はどうしようかと悩んでいます。昨日は日焼け止めクリームに帽子で顔は何とかガードできたのですが、手が少しやられました。

完全武装では作業ができませんので、ご近所に住む北海道からやってきた若者に助っ人をお願いしました。しかし、彼は一度も田植えというか田んぼに入ったことがないそうなので、助っ人となるのか足手まといとなるのか、まあ何とかなるでしょう。これから育苗センターに苗を取りに行きますが、たった36箱の2反分ですから、明日の午前中には片が付くと思います。

私の周りは百姓モードですので、トラクターや草刈り機のエンジン音ばかりです。

日本もアメリカも選挙

[ 2012年5月2日(水) ]

世界中の政治家という政治家は、選挙を意識しながら活動しています。野田総理もアメリカのオバマ大統領も、フランスのサルコジさんも、選挙に勝たなければ、本当にただの人となります。

自分も政治家の端くれではあるが、本当に選挙は嫌なものである。3年前の選挙では25番目の最下位で当選したので、あんな綱渡りは二度と御免にしたいと思っている。日本とかアメリカとかフランスといった国のトップの選挙と比べる方がおかしいのだが、当選するか落選するかは同じである。だから、選挙民に嫌われないように気を使う。

アメリカの自動車が日本で売れないのは、日本の閉鎖性だと言っているが、それは支持されていないということであり閉鎖性とは明らかに異なる。でも、自動車を作っている労働者が言えば、「そうかもしれない」と言うようだ。TPP問題をアメリカに言われると、「するっていいましたよね」と言って、こちらもお茶を濁す。

庄原市のジュオン問題も、選挙が近づいてくればマタマタ言われ始めるのだろうか。「理念は間違っていなかった」と何度言っても、「でも、結果は間違っている」と言われれば、その次に何と言うのだろうか。「議員や議会は何をしていた」と言われれば、「そのための選挙です」と開き直ることができるだろうか。

昔々、ある議員さんに、「選挙に出るのは病気の一種ですね」と言ったことがあるが、私も病気との自覚症状がないが、病気かもしれない。

面白い本を読んでいます

[ 2012年5月1日(火) ]

「限界集落株式会社」という本を読んでいるのですが、どこかの宣伝ではありませんが、「やめられない、とまらない」というくらい面白い本です。フィクションなのですが、限界集落の住民が一丸となって農業に取り組む物語です。

農業を一度もしたことのない若者が父の生まれ故郷に都会から逃げてきたところからこの物語は始まります。村の名前も登場人物も完全フィクションなのですが、笑えるネーミングで、ついつい物語に引き込まれていきます。作者は、星野伸一さんという方ですが、かなり綿密に資料を集められたり農業関係者に取材をされていることが伺えます。

何が面白いかというと、フィクションですから、現実世界では絶対に不可能と思えることが可能となることです。私が普段、漠然と考えていることが現実化されていくのです。私だったら限界集落をこうしたらどうかと思っていることがいとも簡単にやってのけることができる痛快さがたまりません。(詳しくは本を購入してお読みください)

先祖からの田んぼを守ると言いながら、愚痴ばかりいっている農家の人たちに対して、小学生の子供たちが「変わらなければだめだ」というのです。「僕たちは農業が好きだ。将来は農家になる」とも言うのです。殆どあり得ないことがサラッと書かれているから、「そうだ!そうだ!」と応援したくなります。高齢者の人たちも、兎に角、面白いのです。

結局、現役世代というか、愚痴を言いながら農業をしている人たちが一番変化を嫌っているのです。明日には読み終えると思いますが、感想はもう書きません。

広島に行っていました

[ 2012年4月30日(月) ]

今日は母の姉を広島市内に訪ねておりました。つまり私には伯母にあたるのですが、先月から特別養護老人ホームに入所しましたので、姉夫婦も伯母の顔を見に行くということになり、急遽、家族揃って訪問することになった次第です。

伯母は満92歳になるのですが、息子夫婦は勤めがありますから日中は一人となります。週の殆どをデイ・サービスに行っていたのですが、自力での歩行も難しくなり、若干の認知症の症状もあったりで、家族で相談の結果、入所することを決断しました。私の母も満89歳ですが、「会いたい」と言いますので、体には負担がかかりますが連れて行きました。

施設は新築されたばかりで、伯母は個室に入っていました。伯母の娘夫婦とも現地で会う約束をしていましたので、総勢7名が大挙して押しかけました。丁度、お風呂からあがったばかりでベッドで休んでいましたが、全員の名前を呼んで、良く来てくれたと喜んでくれました。街の中で暮らしていたのですが、山に囲まれた施設で、生まれ育った環境と近いせいか気分が落ち着くみたいです。

「お茶を出してあげたいのだが、出せなくて申し訳ない」という伯母の言葉に涙が出そうになりました。伯母夫婦は原爆にあい、庄原に来て治療を受けました。そして、体内被曝だった娘は庄原で生まれ育ったのです。今日来た娘がその人で、今でも私の母をお姉ちゃんと呼んでいます。

私もそれなりに年を拾ったと実感した今日一日でした。