― はやし高正が日々の気になる出来事に関することを書いています
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合併10周年記念[ 2015年10月11日(日) ]
今日は、平成17年3月31日に1市6町が合併して新庄原市に生まれ変わった記念イベントが備北丘陵公園で開催されました。式典は午前10時から11時で終わったのですが、「みのりの祭典」が今も公園では行われています。
今日は公園が無料開放日となっていますので、9時からの受付には余裕をもっておいで下さいと書かれていましたが、9時に着いたら既に駐車場前は渋滞となっておりました。式典は予定通り10時きっかりに始まったのですが、来賓の挨拶が少し押しましたので、終わったのは、ジャスト11時でした。
合併して10年経った訳ですが、まだまだ評価できるものではないと私は思っています。お上のご都合でくっつけられた市町がおいそれと仲睦まじくとはいかないのは当たり前の話です。これからの主役は、次代を担う子供たちです。今日も中学生の代表7名が新たに策定された市民憲章を発表してくれましたが、あなたたちの時代の幕開けです。
新たな庄原市は、吉田拓郎ではありませんが、新しい水夫に託さなければなりません。これまでの常識では乗り越えることができない荒海に漕ぎ出している我々には、新たな知識や価値観が必要となります。そのためには、国際化は避けて通れないものとなるでしょう。いよいよ、世界が一つになる時代がやってきています。
荷造り完了[ 2015年10月10日(土) ]
来週、17日から中国に掃除にでかけるので、早目に荷造りをしました。今回は4泊5日なのですが、内モンゴルに行くことになっていますので、凄く楽しみにしています。10年以上前に一度だけ内モンゴルに行ったのですが、別世界でしたね。
留学生の生まれ故郷を訪ねるツアーという感じで内モンゴルに行ったのですが、行くまでの飛行機の雑な離着陸、オンボロバスでの移動、野原の有料の公衆トイレ(囲いがあるだけ)、パオでの宿泊と何から何まで初めての経験ばかりでした。今回は、20周年記念大会ということで、学生だった中国人が沢山集まることになっていますので、一気にタイムスリップします。
本当に良く生きて帰ってきたというのが当時の感想でした。白酒(ばいじゅ)を延々と乾杯(がんべい)し続け、酔いつぶれたら負けというか終わりになります。私はパオに帰って寝ようとしたら布団がなく、戸口で酔ったまま寝てしまいました。朝方、寒くて目が覚めたのですが、今なら生きている自信がありません。
色んなことがあったなと思いだしているのですが、色んな種類の掃除道具を空港で検査され、中国人留学生が何度説明しても納得してもらえず、その場の雰囲気はまるで大喧嘩状態と思えるものでした。私は土産に貰った白酒を検閲の時に落として、「勿体ない」って怒られたことを覚えています。そういえば、誰かは偽物の掛け軸を買って後生大事に持って帰って笑われたね。
松茸[ 2015年10月9日(金) ]
今年は「なば」が豊作のようだ。何故なら、自分では「なば」を採りに行くことはないのだが、何度も貰うから間違いない。昨日はついに、「松茸」まで貰った。お蔭さまで、今日のお昼は松茸だらけの松茸ご飯をいただいた。
昨晩は湯崎後援会でも松茸ご飯だったが、今年は間違いなく「なば」が大豊作だ。どういう名前かは知らないが、お汁に入れて食べる「なば」が私は大好きです。昔は爺さんが山で良く採って来ていたのですが、亡くなってからは「なば」が中々口に入らなくなっていました。爺さんは、所謂、「雑なば」が得意で、松茸には縁がなかったですね。
私は60年生きていますが、生涯に一度だけ、「もういらん」と言うほど食べたことがあります。松茸を採るという次元ではなく、山の一面が松茸だらけ状態でした。今でいう、「ずた袋」(当時はドンゴロス)にあっという間に一杯になりました。もうあんなことはないでしょうが、40年前の出来事です。
滅多と口に入らないから貴重品扱いになるのですが、「なば」さえも食べれない時代となってきています。私が子供の頃は、なばは保存食としても重宝されていたので、なばの酢漬けなども食べていました。香り松茸、味しめじと言われますが、贅沢な話かも知れませんが、松茸よりも「なば」が絶対に美味しいです。
あとの2人は誰なら[ 2015年10月7日(水) ]
電話がかかってきて、「意見書で反対した3人のうちの1人は分かるが、あとの2人は誰なら」と聞かれるので、何を今更と思いながら、「門脇さんと赤木さんじゃが」と言うと、「裏切りじゃのう」って言われました。
公明党の議員を除く19名の議員が安保法案に反対と報道されてきていながら、市民会館で反対署名を集めながら、意見書に対して反対討論はあるまあというのが電話の主の主張です。まあ、討論の内容を聞けば、何を言いたいのかさっぱり理解できないものでしたが、彼等には別にどうでもええことだったのだと思います。
何もなかったように世の中は動いていますが、難民を一人たりとも受けれないという日本政府の考えは、安保法案でお助けマンになると言う主張とは矛盾するものです。結局、この程度の国としか外国からは見られていない訳ですから、ロシアや中国がなめまくるのです。法律を整備したらOKではなく、本当の意味での国際貢献活動が出来る国かどうかだと私は思います。
来年、ドイツからオーストリアに視察に行く準備を進めていますが、難民が流入している逆ルートを移動する予定です。ドイツの若者がインタビューで、「我々が難民を受けいれれば、他の国々も受け入れてくれると思う」という趣旨の話をしていましたが、これが具体的な戦争回避策だと私は思います。
働くということ[ 2015年10月6日(火) ]
ダスキンの創業者の鈴木清一は良くこう言っていました。働くとは、「傍を楽にすること」だと。全くその通りで、働かなければ傍は楽にはなりません。逆に傍が一所懸命に働かなければご飯が食べれない状況となったりします。
本末転倒という言葉がありますが、世の中にはそんな人が結構います。私は頑張って働いているんだと勝手な自覚をしている人なんかがそれに当たりますが、概して、自覚の割には働いていないというか、働き方を知らない人がそのタイプだと思います。高学歴で順調に出世した人なんかにこういう人が多いのも事実です。
しかし、現代社会では、働かなくても困らない人たちが増えてきている様に思えます。全く、働く意志のない人たちです。意志がないと書きましたが、この場合も、働き方が分からないのだと思います。生れ落ちてから、自分は何も考えなくても周りの人たちがやってくれたので、生きるということを真剣に考えたことがない人たちではないでしょうか。
喩は変ですが、ヨーロッパに流入を続けている難民ですが、生きるために逃れてきた人たちです。とやかく言っている暇なんてありませんから、何と言われようと、生き延びることを最優先しなければなりません。自分が動かなければ置いてけぼりですから、必死で生きます。そもそも、働くとは、そんなところからの行動ではないでしょうか。
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