「還暦を迎えて自分の健康について真剣に考える場面に遭遇した」と書いたのは、
今から2年半前の同級生との宮島1泊旅行の時でした。(2017年4月20現在)
「ほぼ全員が薬を取り出して飲み始めたのだ」、「聞けば、皆、同じような
症状だということも分かった」。そこで私は決心しました。
もう一度、健康体を取り戻そうと。

かなり固い決意と受け取れる内容ですが、結果は、ユルキャラそのもので、
悲惨な「脱メタボときどき日記」となっています。
しかし、書き始めた訳ですから、これからも公開していきます。

定期診療でした

[ 2024年3月29日(金) ]

手術後初めての定期診療でしたが、検査数値が軒並み改善されていました。それもそのはずというか、1月1日からお酒を一滴も飲んでいないのですから、当たり前と言えば当たり前です。

今日は、内科、循環器、外科という順番だったのですが、先ず内科での会話は、「林さんどう言ったらいいのか分からないけど、数値が良くなっています」と言われるので、「飲んでいないからね」と私が言うと、何故か2人で大笑い。何度言ってもお酒を控えない私に半ば呆れていた先生ですが、自動的に禁酒となった結果に2人で納得です。

循環器内科の先生には、「緊急外来の当番が2回とも先生だったから」というと、これまた2人で大笑い。確かに私の数値を熟知している先生だったことが幸いしたことは事実です。最後に外科の先生となり、「傷口を見せて下さい」と言われるのでお見せすると、「傷口はキレイですね」となり、先生も満足の様子でした。

今回の胆嚢炎に関しては、今にして思えば、全てが結果オーライだったといえます。最初に猛烈な痛みに襲われたけど、人生最大の試練と思い我慢した。私にとってはこのことが非常に重要なことなんです。心の中で、「意地でも我慢してやる」
と念じていたのです。どうしてか分からなけど、我慢したかったのです。

こんなバカな患者がいると先生は困る訳で、緊急手術しなければならなくなります。私はここも重要であると思っています。今回の胆嚢炎は全てがギリギリの状態だったのではなかったのかと想像します。誠に不謹慎極まりないことを書いていることは重々承知していますが、本気でそう思ったのだから仕方ありません。

ということで、胆嚢炎物語は終わりです。