― 庄原市政や日々の出来事に関する事を書いています
[ 2021年8月5日(木) ]
76年前の8月6日午前8時15分、アメリカ軍が原子爆弾を広島市に投下しました。人類史上初の核攻撃でしたが、8月9日午前11時2分にアメリカ軍は長崎市にも原子爆弾を投下しました。
戦争のむごさを世界に知らしめた原子爆弾ですが、未だに世界中には多数の核爆弾が存在しており、いつになったら核廃絶になるのか分かりません。日本はアメリカ軍により核攻撃を受けながら、アメリカ軍の「核の傘」によって守られているということから核廃絶には後ろ向きであると私は思います。被爆者からすると何とも不可解と言えます。
私の母は原爆投下後、広島市内で暮らす姉家族の救助に向かいましたので、入市被爆です。ですから、私も被爆2世と言えます。伯母家族は我が家から医者に通ったそうで、元気になって広島市内に帰って行ったそうですが、伯父は原爆症の影響で長生きはできませんでした。私のいとこは体内被曝でしたが、若い頃は恐怖を語っていましたが、今でも元気にしています。
私は伯母の家に時々泊まりにいっていましたので、広島市内が復興して行く風景を今でも覚えています。伯母の家は比治山の麓にありましたので、比治山に登って行ってはABCCで働くアメリカ人を眺めていました。英字新聞を初めて見たのはその時です。電車に乗るとケロイドの跡がある被爆者の方も多くいらっしゃったり、傷痍軍人の姿も多くありました。
明日は8時15分に黙祷しますが、大阪の学生時代、誰も黙祷しない光景に唖然としたことを覚えています。日本中が黙祷するものだと思い込んでいましたからね。亡くなった私の父はシベリアに抑留されていましたが、戦争のことを語ることは殆どありませんでした。明日は、「広島原爆の日」です。
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