反響は大なり

[ 2010年2月23日(火) ]

昨日のブログに書いた庄原赤十字病院改築についてのコメントがありました。件数は僅か3件ですが、内容は濃いものばかりです。濃いとは、ある程度、病院を取巻く状況などが理解できている人と思える文章だからです。

病院がきれいになったら気分はいいですよ、それは。薄暗い病室に入院するよりは、明るい病室がいいのは当たり前です。病院食も出来たてを出されるに越したことはありません。病院着もいつもキレイがいいのは当たり前です。しかし、そんなことで病院が評価されているのではありません。それらは二次的要素でしかなく、医療の質が問われているのです。

私は庄原赤十字病院と三次中央病院が全く同じ医療を提供する必要があるかということを問うているのです。もっと言うなら、西城市民病院と庄原赤十字病院にも同じことが言えます。人はより高度な医療を求めます。病気になれば、早く回復したいという思いになります。それも、できるだけ早く完全に治りたいと思います。そして、病院は患者を選べませんが、患者は病院や医師を選ぶことができます。

お金に余裕がある患者さんは、東京などの大病院にかかることだってできます。どこが違うのでしょうか。一度も見たこともないお医者さんに全幅の信頼を置くことができるのでしょう。日本でここにしかない検査機械という謳い文句で病気が治ったような錯覚に陥るのでしょうか。週刊誌や新聞に病院のランク付けが載っていますが、それらは特定疾患(治癒が難しいもの)についてのランクです。

三次市内から庄原赤十字病院に来院されている方を知っています。それは、その方の評価なんですね。私みたいに、手術しようにも麻酔科医がいなくて三次で手術する人もいるかも知れません。いくら医師がいても手術できないというのであれば、レース以前の問題です。かかりつけ医を持ちましょうと厚労省は言いますが、掛け声だけで、前に進んでいません。

言ってることとやってることが違うのが医療行政ではないでしょうか。命を守るのか政治生命を守るのか、勘違いですね。