イチゴからトマト

[ 2007年9月2日(日) ]

「いつになったらハウスができるのかな」ってご心配いただいている、例の田圃ですが、方針転換で「トマト団地」になることになりました。

結論から申し上げると、リスクが高すぎるということです。それは、高冷地での夏イチゴは品薄で引く手あたまという状況ですから、作れば売れるということになります。しかし、板橋は標高200メートルちょぼですから、夏イチゴではなく冬イチゴの栽培となり、それも加温しなければ栽培できない環境なのです。

近頃の原油価格の高騰もあり、どこででもできる冬イチゴを加温してまで板橋で栽培することのメリットは何かということで議論していきました。そうした議論から導き出された結論が、夏トマトの栽培というところに落ち着いた次第です。これだったら加温の必要もなく、できる季節につくるという理に適った栽培ができることになります。そして品種は、大島造船所しか栽培できないオランダ原産の中玉トマトで、ブランドも確立できており市場性もあるものに決定しました。

議論の中で私が主張したことは、イチゴでは裾野が広くないが、夏トマトだったらまだまだ需要があり栽培面積が広がる可能性が高いということです。私は夏トマトの産地を形成するくらいでないと、産業となり得ないことも語り続けました。一部の土地を活用して高付加価値作物を作ることより、広い土地を活用し、多くの労働者を必要とするトマト栽培こそが庄原の地に合ったやり方だと判断したのです。

大島造船所からすると投資効果は乏しい訳ですが、運命共同体でここまでやってきたのですから、板橋にトマト団地は絶対に作るという決断をしていただきました。細部は現在、詰めているところですが、自分達でできることは下請けに出さず自分達ですることを原則とします。要は、農家ができることを農家としてやっていくスタイルに変換しました。

我々の板橋トマト団地での挑戦が庄原農業再生の試金石ととらえ、知恵を出し汗を流していきます。