― 庄原市政や日々の出来事に関する事を書いています
[ 2017年8月2日(水) ]
今朝起きると隣の家の人の草刈りをするエンジン音が聞こえてきた。「よし、ワシも刈ろう」と思いつき、着替えて草刈り開始。50分刈って20分の休憩。次は、40分刈って20分の休憩。最後に頑張って、50分刈って終わりにしました。
それからシャワーを浴びて昼食となったのですが、何となく清々しいのです。草刈りには不思議な作用があります。あの独特な草の匂いです。正に、癒されます。そして、草を刈った跡を見ると一種の感動があります。学びの森の草刈りを大学生が手伝ってくれることがあるのですが、「喜んで手伝って」くれるとこをみると、同じ気持ちになるみたいです。
それにしても大量の汗がでました。水分補給も生半可ではありませんでした。塩飴をなめながらの作業でした。普通なら、やりたくない作業の筈なんですが、終わったあとの爽快感の味が忘れられないのです。しかし、私が子供の頃は、草は大切な牛の餌であったり、牛の敷草(ベッド)だったのです。ですから、草ボウボウということはあり得なかったのです。
夏休みの子供の仕事は、朝草を田の畔から牛小屋まで運んで帰ることでした。背負いおいこであったり、一輪車であったりしましたが、あの草の匂いは別格でしたね。刈った草を藁で束にするのですが、子供の私にはできない技でした。今にして思えば、芸術的な草の束でした。それが今では刈り投げで、乾燥したら火をつけて焼いています。でも、草は刈らないと景観が悪くなります。
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