友と語る

[ 2007年8月11日(土) ]

高校時代から仲良くしている友人がお盆休みで帰省してきた。彼はこの4月からある私立大学の教授にトラバーユしたのである。

大手企業の社員だった彼が何故に大学教授なのかという話を聞いたわけだが、お互いの性格も分かっているので、「どうして」「あっ、そう」という感じでした。敢えて言うならば、やりがいを求めてということでしょう。

しかし外で見るのと中に入って見るのとは大違いの喩えではありませんが、やる気のない学生とやる気のない先生が結構多くいるそうで、何でこの人たちは大学にいるのだろうかと疑問に感じたそうです。2人で話して出した結論は、大学が多すぎるということです。大学と名がつくだけで、実態は専門学校か各種学校という有様のようです。

殆どの学生が親からの仕送りで生活しているのでしょうが、勉学に励むが落ちており、黙々と働いてはせっせと仕送りをする親御さんが可哀想であり、何で大学に来させているのか、と何度も言っていました。学内にサラリーマン経験のある教授はおらず、彼が物申す度に、反論されるそうです。社会経験を積んでから先生になるべきだとも言っていました。よく言われる、先生の非常識ということです。

彼は現代生活学部 居住空間デザイン学科というところで教鞭をとっているそうです。ちなみに彼は働きながら東大大学院で工学博士号を取った努力家でもあります。