― はやし高正が日々の気になる出来事に関することを書いています
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禁酒続行中[ 2011年7月21日(木) ]
続いていますよ、禁酒は!本当に続いているのだろうかと心配しておられる方々に申し上げます。全く飲みたくないと言えば嘘になりますが、禁断症状も出ず、今のところ平気の平左でやっています。
昨日もある飲み会が有ったのですが、私はノンアルコールのノンカロリービール風味で頑張りました。頑張るというほどのものではありませんが、苦味だけはしっかりとありましたので、ウーロン茶よりは気分上々でした。友人が、「はやしさんは、極端だからね」と言いましたが、自分でも極端な性格だと思います。
過去、何度か禁酒していますが、長くて1年、短くて数時間というところです。今度の禁酒は、1年コースになると自分では感じています。肝臓が傷んでいるので、お酒を断って修復するわけですから、自然治癒力に賭けるわけです。過去に何度か肝臓を壊していますが、「何とかならない」年代になってしまったと自分でも感じています。
アルコールによる肝臓障害ですから、アルコールを断てば肝機能は正常に戻ります。しかし、時間をかけて痛んだ肝臓は時間をかけて治さないと無理だということのようです。心当たりのある皆さん、肝臓に限らず、内蔵疾患は切り傷と違って、一気に良くなるということは絶対にありません。
お知らせ[ 2011年7月21日(木) ]
24日に予定されていた「掃除に学ぶ会 IN 三次高等学校」が急遽、中止となりました。実は、三高野球部が昨日の国泰寺高校との試合に勝ったので、「夢よ再び」となったようです。我が母校でもあり、複雑な心境です。
諦めない[ 2011年7月20日(水) ]
なでしこジャパンの世界一、本当におめでとうございます。あれよあれよという間に優勝してしまったというのが私の感想です。殆ど選手の名前は知らないのですが、澤さんだけは何故か知っていました。
32歳でベテランといわれることに抵抗があるだろうなと思いながら観戦していたのですが、兎に角、良く走りましたね。20代前半の選手たちよりも、猛烈に走っていました。この運動量が勝因かもしれないと思ったものです。どこかの新聞の解説に、PK戦の前にアメリカの選手の多くは芝生にへたり込んでいたが、日本の選手は全員立っていたと。
精神力の勝利という書き方をした新聞もありましたが、神がかり的であったといえます。私たちの心のどこかにも、「勝つだろう」という気持ちがあったのは事実です。選手たちが心に誓っていた言葉は、「諦めない」だったのではないでしょうか。多くの選手がこの言葉を口にしていましたが、「優勝をめざしていた」からこそ、絶対に「諦めない」だったのです。
裏を返せば、「これまでの集大成なんだ!諦めない!」と全員が誓っていたのではないでしょうか。私は今回の快挙を分析すると、与えられた仕事をこなすに尽きると思います。自分の役回りというか、ミッションというか、理解しているから達成できたのだと思います。つまり、11名が一丸となっての勝利です。
働きながら栄冠をつかんだ「なでしこジャパン」に大きな拍手を送るものです。
そして、カープの選手にも「諦めるな!」と言いたい。
議会改革特別委員会[ 2011年7月19日(火) ]
本日、午前10時より「議会改革特別委員会」を開催しました。今回で3回目となりますから、どのように進めるべきか実は悩んでいました。そこで、「ブレイン・ストーミング」という手法を使うこととしました。
実は、前回の委員会で、議員定数問題・議員報酬問題・政務調査費問題に関する資料は各委員に渡してあり、テーマの事前調査をすることと、深く掘り下げて考えておくことを、お願いしておりました。実はこれで、「ブレイン・ストーミング」の事前準備はできていたのです。
実際の会議では、アイデアをぶつけ合い刺激を受け、更なるアイデアをだしていくことでブレイン・ストーミングが成り立っていきます。そして異なった視点を加えることで他のアイデアから刺激を受けて、スパークが起きてくる予定でしたが、今日はそこまではいきませんでした。
意図するところはそうであったのですが、「雑談」と捉えられた委員さんもおられたみたいです。しかし、何とかアイデアを整理・分類することは出来たと思います。次回の委員会開催の条件として、全員に宿題を出しました。学生時代以来の宿題だろうと思いますが、必要な資料は事務局より届けられますので、自分なりの答えを出して来てください。
次回は、8月2日午前10時より開催します。特別委員会は傍聴できますので、興味のある方はおいで下さい。
あれから1年[ 2011年7月18日(月) ]
昨年、7月16日の豪雨災害から丸1年が経ちました。未だに被災者の方々は避難生活を余儀なくされておりますが、後継者問題等も絡み、新天地探しも難航しているようです。
川北町の篠堂地区から避難している人たちは、あの時の恐怖から、同じ場所に家を構える気持ちにはなれないと言われるのは良く理解できます。特に九死に一生を得た方には、忘れようにも忘れられない体験からくるPTSDは、一生涯まとわりついてくる厄介な障害ともいえます。
概して高齢者の方々が多いので、新たに家を求めることにはためらいがあります。今後の生活は年金だけが頼りですから、大きな出費は慎みたいとおっしゃっていますが、私がそうであっても、同じことを考えると思います。私たちの周りには多くの空き家がありますが、何とか被災者の方々のお役に立てられないでしょうか。
私が知っている空き家は、1軒や2軒ではありません。家の周りには畑もあります。中には、上下水道が完備した空き家だってあります。いつも問題になるのが、仏壇だということも知っています。被災者だけに限らず、都市部の人たちに庄原市に来て住んでもらうつもりなら、ちゃんとした空き家バンク制度も必要です。
1年前の大きな教訓が生かされたまちづくりになっているか、検証活動も必要です。超大型の台風が接近して来ていますが、河川は大丈夫でしょうか。警戒警報が早く出せることと、安心して暮らせることは別次元だと私は思います。
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