業突張り(ごうつくばり)

[ 2011年12月1日(木) ]

広辞苑には、「強情で人に従わないこと。ひどく欲張りでがんこなこと。まと、そういう人。ごうさらし。」と書かれています。私が業突張りだと自分では思いませんが、他人からはそうみられているのかも知れません。

私は自分で言うのも何ですが、「妥協」しない人間です。ですが、業突張りとは明らかに違いいます。まあ、「変人」と言った方が正解でしょう。どうしてこんなことを書いているのかと言うと、いつもの事ですが、気分がムシャクシャしているからです。

議会改革特別委員会の審議は、油断なりません。委員長は中立性をもってと言われますが、知らぬ間に過去の議論が葬り去られることも突然に起きます。さも、前からの話しみたいにです。凄いテクニックに、脱帽です。

そんな議論を中央に引き戻すのが私の役目ですが、基本的に聞く耳持たぬというか、自分の意見を通したい人が議論をリードします。そこで、議論(会話)を遮って、引き戻すので、又してもスタートラインとなってしまい、同じ事を何べんするんならと小言を頂きます。

ディベートの訓練を受けていれば良かったと思う、今日この頃です。

要は、行動すること

[ 2011年11月30日(水) ]

これまで全国各地を視察してきましたが、N田先輩ではありませんが、勉強ばかり続けていても前に進まないことが理解・納得できました。とどのつまりが゙、西粟倉村ともいえるかもしれません。

ニシアワー秋分号に、こう書かれています。「材料を売る村から、商品を売る村に」。更に、「森が地域に雇用を生み出すということが、ようやく現実のものになりつつあります」。私はニシアワー製材所で働く20数名の若者の姿に感激しました。やれば、できる。

要は、行動することです。英語教育特区の金沢市、病院改革の新大江病院、インターネットのにんじんネット協議会、鹿児島のやねだん(柳谷)、島根県隠岐郡海士町と、座して死すではなく、行動することで生き残り地域が活性化したお手本ばかりです。

近頃は、地域おこし的なことを多く書いていますが、地域の活性化なくして国の繁栄もないと信じているからです。知恵をだすのは当たり前で、その次の、行動することができていないのが現実です。コンサルに丸投げの計画では駄目なんですよ!

よそ者・若者・ばか者は今では地域再生のキーワードとなっていますが、それは、発想の転換が必要だからです。いつも眺めている森林を、材料と捉え、商品がイメージできるかどうかです。あるものを活かすしか活路は見出せません。

それはそうと、議会改革はどうなっているんだ、高正!(天の声)

定例会始まる

[ 2011年11月29日(火) ]

本日から12月15日まで、17日間の会期で第6回定例会が開催されます。「庄原市まちづくり基本条例」が、総務・財政常任委員会に付託され、高野の道の駅造成工事請負契約が可決されました。

道の駅造成工事の請負金額は、161,910,000円(落札率97.02%)で、藤元建設工業株式会社が落札しています。入札参加業者は4社でしたが、2社が入札辞退となっていました。入札辞退の経緯や落札率が高いのではという質疑がありましたが、別段問題なしという答弁でした。

定例会は1時間ほどで終わり、直ぐに議会改革特別委員会を開会し、来年1月から市民の意見を聴取する日程などを話し合い、閉会。終わると直ぐに、今度は議会運営委員会が開会。前回の会議で、伝達不足から誤解があったので、その部分の訂正が行われました。

私は今定例会でも一般質問を行いますが、通告はしたものの、内容をまだまだつめていません。医療問題と教育問題の2点を質す予定ですが、少し範囲が広すぎたかなと思っている私です。しかし、やるからには一所懸命に頑張ります。

一般質問の日程が決まりましたらお知らせしますので、傍聴においで下さい。

帰りました

[ 2011年11月28日(月) ]

西粟倉村から帰ってきました。今日は、午前9時から午後3時まで内容の濃い研修を受けさせていただきました。西粟倉の森の学校の関係者の皆様、村役場の皆様、大変お世話になりました。

昨夜は、「あわくら温泉 あわくら荘」に宿泊し、温泉と料理を堪能しました。正に、ひなびた温泉宿という風情でしたが、関西からのお客様が結構お泊りになっていました。聞けば、鳥取のカニのシーズンですので、その手前のひなびた宿はお手ごろ価格ということみたいです。

宿の直ぐ近くに「森の学校」がありました。Iターンの坂田さんから色々と説明を受けたのですが、2年ほどの会社とは思えないほど充実した活動を展開されています。実際に製材所にも連れて行っていただいたのですが、やれば出来るを実感しました。

午後1時からは、西粟倉村役場での意見交換会(?)では、これまでの取り組みの経緯や結果などについて詳しい説明を受けました。私が疑問に感じていた部分のかなりガ解決できたので、やはり、答えは現場にありと確信した次第です。

西粟倉村を訪れ、私の信条である「真似ることは最大の創造」を実行に移すことになるのではという予感がしてきました。

西粟倉村に行ってきます

[ 2011年11月27日(日) ]

今日はこらから、岡山県栄田郡粟倉村に行ってきます。一昨日の馬路村の人口が1000人でしたが、西粟倉村は1500人ほどの村で、主な産業は林業です。

どうして西粟倉村なのかといいますと、「西粟倉・森の学校」があるからです。最初は、テレビの紹介番組で見て、次は中国新聞の特集記事でした。詳しいことは帰ってからアップしますが、東京の会社と村が共同で設立した会社が「株式会社 西粟倉学校」です。

今回のメンバーは、林業家3名+私の、合計4名で伺います。山が山がと言っているばかりでは問題は解決しません。馬路村の山は柚子に盟主の座を奪われたようですが、西粟倉には、山の木以外の競争相手は現れてこなかったようです。

あるものを活かす道を選択したのが、西粟倉村です。カープの福井優也投手の生まれ故郷でもある西粟倉村ですから、福井投手の活躍に比例して村も飛躍することが期待されます。カープと村の将来は、正に福井の右腕にかかっていると言えます。

では、行ってきます。