一人掃除

[ 2016年5月12日(木) ]

近ごろ、「一人掃除」にハマっている。我社は毎朝、4台の社用車を4名の働きさんと家内が洗っています。私はトイレを掃除しているのですが、この前から範囲を広げて掃き掃除に拭き掃除を加えました。

鍵山相談役は掃除道具は目につく所に整然と揃えておきなさいと良く言われますが、我社の掃除道具は目につく所ということにはなっていませんでした。そこで、見える棚を新たに設置して、箒、塵取り、掃除バケツ、ホース、長靴、バスタオル、フェイスタオル、洗剤類やワックスなどが一目で見えるようにしました。

洗車も、何となくという感じになっていたので、洗車のやり方についても統一しました。車の拭き上げもフロントガラスなどは徹底的に拭き上げるやり方に改めました。皆が洗車と拭き上げをしている時間は、私の「一人掃除」となります。男性便器1ヶ所と兼用便器1ヶ所を徹底的に磨きます。働きさんが呆れるほどに磨きます。

これからは少しづつ範囲を広げていきます。鍵山相談役が一人で掃除を始められた様に、結果を期待して掃除をするのではなく、自分にできることから始めることにします。その割には自分の事務所はどうにもならないという矛盾だらけの私です。ジキルとハイドが居るのかな?

尾道でした

[ 2016年5月11日(水) ]

今日はダスキンの会議で尾道に行っておりました。それにしても、尾道道ができたことで尾道に行くことが苦にならなくなりました。道によって人の流れが変わることが良く理解できます。

会議は毎回、尾道産業会館で行われるのですが、古い建物を壊して小ぶりな新しい建物になっていました。そして、その空スペースにホームセンターのナフコが開店していました。近くにはスーパーのフジがあり、テナントでニトリが入店していますが、大丈夫なんでしょうね。やはり、人口が違うからな。

元々、卸団地として整備された所なのですが、今では製造業も入ったりして工業団地であったり、商業地区となったりしながら生き延びてきました。正に生き延びてきたという表現が当てはまるのですが、卸団地のままだったら間違いなく潰れています。尾道は平たんな土地が少ないので、何でも誘致したことが正解となりました。

東尾道駅周辺もどんどん開発が進み、マンションも沢山建っています。先ほども書きましたが、尾道には平地が少ないので、この一帯の開発が進んできたのだと思います。それは、卸団地の進化により色んな業種が進出したことが要因だとも考えられます。やはり、尾道は商人のまちですね。諦めません。

芸備線

[ 2016年5月10日(火) ]

三江線を廃止するとJR西日本が沿線自治体に説明を始めると、当然ながら、「廃止反対」の大合唱となっています。そして、我がまち庄原市では、芸備線を守ろうという運動が西城の人たちを中心に始まりました。

備後落合-東城間は何と日本一乗客数が少なく、1日平均8名で、ワースト3の三江線を抜いてワースト1だそうです。そして、三次-備後落合間はワースト4だそうです。この数字を見れば、存続は赤信号まっしぐらという感じです。私が高校生の頃、今から40数年前の話ですが、私は毎日、庄原駅から八次駅まで芸備線を利用していました。

当時、朝は、三次高校、三次工業高校、日彰館高校へ通う学生が多く乗車しており、座れず立っている学生もいました。何両編成だったかは覚えていませんが、蒸気機関車が引いていました。帰りの汽車はディーゼルだった様な気がしますが、何カ所かの駅で列車入れ違いのために相当の時間停車していたので、駅から出てパン等を買って食べていた記憶があります。

以前のブログにも書いていますが、広島駅-比婆山駅間の往復チケット5名で購入すると、1人1000円。駅前には町内循環+JR利用者限定、熊野神社往復無料バスが待機。熊野神社を起点に、いざなみ街道サイクリング、トレッキング、遊覧馬車などで、各地に移動。各地には町内の生活交通バス(無料)が待機しており、最寄りのJR駅や宿泊施設にお届け。これが、DMOの手法です。

財源は、熊野神社の拝観料、比婆山への入山料、温泉の入湯税、ホテル税等が考えられます。先ずは、熊野神社という宝を磨きましょう。

企画・産業常任委員会

[ 2016年5月9日(月) ]

タイトルにある委員会が本日開催されました。これまでは、「産業・建設常任委員会」だったのですが、部制の導入により「企画・産業」となりました。私には前の産業がしっくりくるのだけど、企画ねぇ~。

「念ずれば花開く」という坂村真民先生の言葉ではないが、木質バイオマス発電を追いかけている私たちに一筋の光明が見えてきました。それは、常任委員会で上野村に行政視察に行くことになったことと、ドイツのブルクハルト社で紹介を受けた三洋貿易と連絡が取れ、我々の視察に合わせて三洋貿易の担当者も上野村に来てくれることになったことです。

我々の会派だけがペレットガス化発電が優れていると言っても、見たことのない議員には、「何、それ」って感じでしたので、委員会のメンバー7名で上野村に行くことは大変な前進です。今日は私が、事業担当副市長に上野村のガス化発電と熱利用について説明したのですが、興味を示している市長が公務で不在でしたので、日を改めて市長にもプレゼンします。

今回の行政視察(8月実施予定)を千載一遇のチャンスと捉え、副市長に一緒に上野村に行くように要請しました(市長が行くと言う可能性大)。以前のブログにも書いていますが、ガス化発電の生命線はペレットの品質なんです。ブルクハルトの規格を満たさない上野村産のペレットで稼働していることは驚愕の事実です。

庄原にはペレット工場が既にあるのですから・・・・・

どうして?

[ 2016年5月8日(日) ]

中学校時代の同窓会を計画しているのだが、たった60人しかいなかった我々の学年で、何と7名から亡くなっている。それも全員が男性である。これまでは、6名だと思っていたら、昨夜のこと、「〇〇君が亡くなっていた」との連絡あり。

1名は事故死ですが、残る6名は病気によるものです。未だに連絡が取れない同級生が7名いますが、心配になります。皆さんの同級生はどうですか?縁起の悪い話で恐縮ですが、少し確立が高すぎますね。恐らく、企業戦士で頑張って働いており、医者にかかるタイミングを逸したのではないでしょうか。昨夜の彼は、見つかった時は手遅れだったそうです。

今日、同級生と電話で話したのですが、同級生同士で、「同窓会に行く」って誘い合っているみたいです。特に女性は、滅多と同級生に会う機会もないので、何とかスケジュールを空ける様に頑張っているみたいです。中学卒業以来会っていない人が来れば分からないだろうな。特にスリムだった私が、「林です」って言うと、驚くだろうな。

今回、名簿を整備するために同級生に、「情報を下さい」ってことある毎にお願いしているのですが、意外とお付き合いがないみたいです。中には実家が無くなっている人もあり、時代の流れを感じます。今もこうして書きながら、1名の同級生の名前を思い出しましたが、どこにいるのでしょう。