元気がでない

[ 2008年4月14日(月) ]

午前10時からの葬儀に参列した。喪主である息子の挨拶にうなずいた。「父は、恐ろしくて強い人だった」と何度も言っていたが、家族には非常に迷惑な人であったのだろうと思う。シャイで、「優しさ」なんて演じれない不器用な親父だった。

桜の季節に亡くなったことが親父らしいと息子が言ったが、私も全く同感である。参列者の多くが、同じことを言っていた。花見と花火には仲間を必ず自宅に招待して酒を飲んでいたことが思い出される。飲むと決まって「酩酊状態」となり、「かばちゅうたれな」が出始めると、沈没間近であると判断していた。これからもこんな古いタイプの酒飲みは出てこないだろう。

彼がパン屋のスーパーバイザーをしていたことを知る人は少ない。浪人時代に、広島の大手ベーカリーに勤務していたのだ。自分は朝から味噌汁に白飯で、パンなど食べもしないくせに、お店に行ってはパン屋の薀蓄を垂れるのだから、信じられない。更に信じれないのは、それらのお店が繁盛店に成長したということである。まあ、高度成長期の珍事ですな。

私は彼がどういう思いから異業種交流グループを立ち上げたのか、その真意を聞いたことはない。選考基準に「変人である」という不文律がある。変人が変人を連れてくるのだから、もっともっと変人の集まりとなってくるわけだ。彼は既成概念の打破ということを念頭に置いていたのではと私は考える。だとしたら、破天荒な言動にもうなずける。自らがアウトローを演じていたのではないだろうか。

心にぽっかりと大きな穴が空いたようで、まるで元気がでない。造り酒屋の親父が、「酒を止めたじゃことの、一気のことをしちゃあいけんですでえ」と言われたが、当分、酒を口にすることはできそうもない。