― 庄原市政や日々の出来事に関する事を書いています
[ 2019年7月31日(水) ]
「移住」という言葉の響きは、厳しい雰囲気を連想します。私には、ハワイやブラジル、北海道に移住して頑張った人たちのことが頭に浮かんできます。昨夜は、「移住」して頑張っている人たちから、「大変なんだ」というお話を聞かせていただきました。
「アイ・ターン」って近年、良く使う言葉ですが、移住とは別物と感じます。昨夜の移住者は本気で稲作に取り組んでおられるのですが、地域のしきたりというか、地域の約束事の難解さに少し消化不良の夏バテ状態でした。私も農家ですが、構造改善前の
田舎百姓では相当に苦労した記憶があります。所謂、水喧嘩ですね。
昨夜の移住者は、自然農法で米作りをされているのですが、近所の稲に対する評価は芳しくありません。つまり、「そんな稲ではだめだ」と忠告というよりも悪態をつかれるそうです。実は私も自然農法で10年間米作りをした経験がありますので彼らの気持ちは良く分かりますが、私は悪態をつかれたことはありません。それは、私が移住者でないからです。
地域の色んな行事に積極的に参加して、地域の一員として認めてもらっているみたいですが、農業に対する取り組みだけはブーイングみたいです。私の考えは、無理をして自然農法にこだわるのではなく、臨機応変に対応すれば良いのではというものです。何を優先するかということで判断すべきでないでしょうか。アドバイスにならんか?
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