― 庄原市政や日々の出来事に関する事を書いています
[ 2008年1月22日(火) ]
昨日の葬儀は何とかできたが、将来の不安を感じた。どういうことかと言うと、私の住んでいる集落は板橋町の平林といい、17戸で構成されているのですが、一人暮らしの家が5戸もあるのです。
元来、葬儀は各家ですることになっているのですが、昨日は都合がつかず葬祭会館を借りて行われました。私の集落では、小さな小川で2つの班に分かれており、葬儀も班毎で行うこととなっています。私達の班が10軒で、向かいの班が7軒となっています。その向かいの班で不幸があったのですが、7軒中4軒が一人暮らしの高齢者なんです。若い跡継ぎがいるのが2軒だけですので、準備もできません。
恐らくこれからの葬儀は葬祭会館ということになると思います。家で葬儀をしようとしてもできないということになってきているのです。死亡すると、診断書を持って火葬場の予約、お寺の手配、バスの手配、仕上げの手配、葬儀屋への連絡と、何でもかんでも組内が行ってきました。それができないということになると業者委託とならざるをえません。みんなで協力して葬式を出すということは本当にこれからは無理なのではないでしょうか。
最大の要因は、生き方の様変わりです。殆どの人が勤めに出ているわけですから、自分の都合だけで休めなくなっています。そうです、忙しすぎるのです。この前のブログに書いた先輩の葬儀は、ベルトコンベアーの様な葬儀でした。昨日も冗談交じりに「初七日を拝むのは当たり前だけど、49日も拝む時代がくるかもしれない」と、みんなで言いました。死んだ人には分からないことでしょうが、これも時代と片付けてもいいのでしょうか。
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