― 庄原市政や日々の出来事に関する事を書いています
[ 2017年4月30日(日) ]
今日のお昼は蕎麦を食べようということになり、お隣の一木にある「一寸そば」に行きました。近頃は結構混雑すると聞いていたので早めに行ったのですが、12時前には満席で、待つ人もありました。
「一寸そば」の由来は、これまでもブログに書いていると思いますが、再度、記憶を手繰り寄せて書いてみましょう。営農集団の組合長をされていた藤光忠さんが、減反の田圃にそばを植えて、そばの実をを粉にしてそばを打って、そば屋を開くという夢に挑戦されたのが始まりです。昔から、開墾畑でそばを栽培していた土壌があったことも夢の後押しとなったのでしょう。
自分でそばを挽いて練ってはみるのですが、つなぎも入れない10割そばですから、ぷつぷつと切れます。その長さが、1寸(約3㎝)程だったことから、一寸そばと命名されたそうです。その後、婦人部の皆さんの努力もあり、つなぎも入れられたりして、販売できるそばが完成したのです。しかし、味が一定せず、あちこちのそば屋さんでそばを食べては、研究されたそうです。
書きながら計算してみると、30年という歳月が経過しています。発想も大切ですが、やはり、継続ですね。昔、藤光の親父は、「生乳ではダメだ。加工しないと」と良く言われていましたが、そば屋の隣には、「チーズ工房」の工場ができ、店頭販売もしています。正に、できないをできるにする技は、「執念」かも知れませんね。
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