実感する

[ 2008年12月7日(日) ]

昨日は用事で西城の親戚を訪ねました。親戚は建材店を西城のど真ん中で営んでいるのですが、「45年してきたが、店を閉めることにした」と言うではありませんか。景気が悪いというだけではないお話を聞かせていただきました。

彼は開口一番、「合併は対等合併だと聞いていたが、吸収合併にしか思えない」と。要は、西城のことは誰も考えていないのではないかというわけです。彼は仕事柄、一人暮らしの方たちと会うことが結構あるのだそうですが、風呂や台所の改修の話で、「自分が生きている間だけもてればええ」とよく言われるそうです。誰も帰ってこないのだからと。

お年よりは買い物にも出れませんので、宅配の冷凍食材が中心の食事だとか。悲しすぎると思いませんか。頑張って働いて年老いて、子供は誰も帰らない(帰れない)、ひっそりと誰と話すことも無く暮らしている現実。巡回して見て回ることで解決することではありません。この国の山の中や海に浮かぶ島に暮らす人々の生活は誰が保障してくれるのでしょうか。住むなと言わんばかりの無策ぶりではありませんか。

彼も人情タイプの人間ですが、かすみを食べては生活できないので、思い切ったのだと思います。合併は政府の台所事情による自治体再編だったのでしょうが、ものの見事に周辺部は疲弊していっています。これは西城での事例ですが、数年後には旧庄原市内各地での事例になるかもしれません。今日の朝のテレビに与謝野さんが出て話されていましたが、難しい舵取りだということは分かりますが、これを乗り切るのが政治だと何度もいわれていました。

これまで経験したことがない、超高齢化社会をどう乗り切るか、少子化にどう歯止めをかけるか。本当に我々も大いに試されている時代に生きていると感じました。従来の手法が通じないのですから、新たなまちづくりを模索することが大切です。金太郎飴的行政からの脱却です。まちづくり競争こそが活性化のカギかもしれません。